October 13, 2024
バレエ三昧の夏⓶〜９月
「バレエ三昧の夏�◆�9月」
５）9月1日 東京バレエ団『創立60周年記念ダイヤモンド・セレブレーション』・・・日本人ダンサーの基礎の進化
本公演で様々な作品が上演されたが、最も変化を感じたのはハロルド・ランダー振付「エチュード」だ。東京バレエ団のレパートリーであるため繰り返し上演されているが、かつてレオニード・サラファーノンフとフリーデマン・フォーゲルをゲストに迎えた2009年の公演を見た際は、残念ながら日本と海外のダンサーの差は明らかだった。サラファーノフ、フォーゲルは、正確なポジションから生まれる無駄も力みもない踊りで、見惚れるようなアカデミック本来の洗練されたラインと流麗な動きを見せた。一方の日本人ダンサーは、アンドゥオールが不十分なまま力業で踊る者が散見され、特にバッテリー系のパでは差が目立ち、がっかりしたものだ。
ところが今回は、ソリストの秋山瑛、宮川新大、池本祥真をはじめ、アンサンブルのダンサーたちもバレエの基礎をしっかりと身に着けたからこそ可能な、美しいポジション、柔らかいプリエ、伸びのあるラインなどを披露していた。地道で時間のかかるバレエの基礎の習得なくして踊ることのできない「エチュード」を、立派に踊り遂げたダンサーたちの今後が益々楽しみである。
６）9月12日 松山バレエ団『ジゼルとアルブレヒト』・・・ロマンティック・バレエの新解釈
本作はタイトルが示すように、古典の『ジゼル』と物語の展開はほぼ変わらないものの登場人物の設定も、ダンサーたちの踊りも大きく異なり、従来とは異なる作品として創り上げられた。まず、音楽のテンポが通常よりもかなりゆっくりである。それに合わせて、古希を過ぎた森下洋子のジゼルが踊る。主役二人は従来の振付をほぼ踏襲しながら簡易化され、一方でジェスチャーが増え、ソリストと群舞が群集劇のように塊を成す。ロマンティック・バレエの典型である登場人物の階級間対立はなく、すべて善人である。第２幕は、暗い森で白いロマンティック・チュチュを着たウィリーたちが軽やかに踊るバレエ・ブランではない。白々とした照明が白系の舞台美術を照らす中で、ロマンティック・チュチュの形を釣り鐘型に変えて両側に立つ群舞が、スローモーションで動き続け、床へと沈んでいく。まるで舞踏カンパニーがカーテンコールで、体が床に沈んでいくようにゆっくりと座ってお辞儀をするような動きだ。悪から善へ、黒から白へ、すべてが読み替えられた『ジゼル』として、バレエ団独自の価値観、美意識が盛り込まれている。
７）９月16日 『島根が生んだ石田種生の世界2024』・・・バレエによる地域文化の振興
芸術文化、特にライブで行われる舞台芸術へのアクセスは、都市と地方で格差が大きい。私が生まれ育った昭和の島根県松江市では、バレエ公演やクラシック音楽の公演数は限られていた。しかしながら、地域には地域ごとの風土と生活が育んだ素晴らしい文化がある。そのような地域の文化や風土を、クラシックバレエという西洋の美意識に貫かれた芸術に取り込もうとしたのが、島根県大田市出身の振付家、石田種生であった。西洋の模倣、追随が多くを占める日本のバレエ界において、それは厳しく孤独な戦いだったが、感銘を受けたものもいる。私事ではあるが、バレエから離れていた中学生のときに石田振付の「お夏・清十郎」を見て、大学時代に石田振付の「エスメラルダ」を見て感動し、バレエの可能性を感じてレッスンを再開した。高校3年生のときには、地元のバレエ教室の発表会で石田から直接指導を受ける機会があり、私の父と幼馴染であることも知った。
そのようなご縁があって、石田が残した資料の整理、研究を東京シティ・バレエ団から依頼されたところ、松江市でバレエ教室を主宰する若佐久美子氏、大田市文化協会の方々らと出会い、「島根が生んだ石田種生の世界」が発足した。この団体では、2018年以来、石田の改定振付『白鳥の湖』全幕から小品「風花」の再演、振付ノートから復刻した「お夏・清十郎」のパ・ド・ドゥ上演など、様々な作品を取り上げることで石田の功績を顕彰してきた。出演者は県内のバレエ教室に通う生徒たちや国内外で活躍する元生徒たち。ダンサー、スタッフ、観客は、そこで石田作品と初めて出会い、石田の土台であり誇りとした島根の文化、風土を再認識する機会となっている。
今回は、周年事業の全幕公演の合間であった為、小品と『白鳥の湖』第2幕のみを上演したが、回を重ねるたびに県内のバレエ教室、ダンサーの参加が増え、観客ファンも現れている。バレエによる地域振興とシビックプライドを醸成する役割を担えることは、私にとってはこの上ない喜びである。また日本のバレエ界にとっては、石田が目指し成功したこと、失敗に終わったことを検証することが、オリジナリティを獲得するための新たな扉を開くヒントになるはずだ。
８）9月21日 ベジャール・バレエ・ローザンヌ『バレエ・フォー・ライフ』、9月29日「だから踊ろう…！」「２人のためのアダージオ」「コンセルト・アン・レ」「ボレロ」、・・・ダンサー、観客双方による作品と作家の思いの継承
偉大な振付家を失った後、その作品と作家の思い、またカンパニーを継承することは容易ではない。今回の公演はベジャール振付作品と、ベジャールのあとを継いだジル・ロマンの振付作品から構成されており、突然のジル・ロマン解任劇を経たダンサーたちが一丸となって作品の振付だけでなく、作家が振付に込めた思いも継承していることが伝わってきた。
「バレエ・フォー・ライフ」はジョルジュ・ドンとフレディ・マーキュリーの死からベジャールがインスパイアされて生まれた作品。作品には死と生が表裏となって存在しつつ、エンターテインメントの要素が適度に加わって、時間が渦を巻き、感情が揺さぶられる。それは観客の記憶をも喚起し、カーテンコールではスタンディングオベーションが続いた。その観客といえば、通常のバレエ観客よりも年齢層が高い。恐らくはベジャールやジョルジュ・ドンの来日公演に沸いた80年代から見続けているであろう年代だ。作品は、観客によっても継承されている。
ジル・ロマン振付の「だから踊ろう…！」は、偉大な師のスタイルを真似るのではなく、その先進性や冒険心、ウィットを受け継いでいることが振付の端々から感じられ、それを理解し表現するダンサーらの一体感が素晴らしい。最後は定番の「ボレロ」。メロディのキャサリーン・ティエルヘルム、リズムの男性たちが、このあまりにも有名な作品に慣れることなく、弛むことなく、渾身のパフォーマンスで着実に継承していることを示した。それに観客がまたスタンディングオベーションで応え、共にこれまでの年月を振り返りながら、これからを祝福する、そんな幸福感に溢れた公演となった。
