October 13, 2024
バレエ三昧の夏� 腺厳�
バレエ三昧の夏が終わった。私がバレエを習い始めたのは1960年代。生徒として、観客として、さらに批評、教育、研究、文化行政など長年多様な関わり方をしてきたが、この夏は様々な深化と変化を感じたため、拝見した公演から特徴を絞りながら記したい。構成と視点は以下の通り。
「バレエ三昧の夏� �8月」
１） ７月27日 新国立劇場バレエ団『人魚姫』・・・振付家育成の成果
２） 8月1日『世界バレエフェスティバル』Aプロ、8月9日『同』Bプロ・・・観客の古典志向変化の兆しと日本人ダンサーの活躍
３） 8月4日『横浜バレエフェスティバル2024』、8月16日『STARS SPECIAL BALLET GALA 2024』（広島県福山市）・・・地域に根差したバレエ公演
４） 8月31日『某ジョイントコンサート』・・・大人バレエの拡大と盛り上がり
「バレエ三昧の夏⓶〜9月」
５）9月1日 東京バレエ団『創立60周年記念ダイヤモンド・セレブレーション』・・・日本人ダンサーの基礎の進化
６）9月12日 松山バレエ団『ジゼルとアルブレヒト』・・・ロマンティック・バレエの新解釈
７）９月16日 『島根が生んだ石田種生の世界2024』・・・バレエによる地域文化の振興
８）ベジャール・バレエ・ローザンヌ『バレエ・フォー・ライフ』9月21日、『ボレロ他』9月29日・・・ダンサー、観客双方による作品と作家の思いの継承
「バレエ三昧の夏� �8月」
１） ７月27日 新国立劇場バレエ団『人魚姫』・・・振付家育成の成果
今や優れた日本人バレエダンサーは国内外で多数活躍している。一方、振付家の育成は十分とは言い難い。新国立劇場バレエ団がダンサーたちに
振付と上演の機会を提供するプロジェクト『DANCE to the Future』の「Choreographic Group」を始めて12年。仲間と共にじっくりクリエイションができるスタジオ、時間、費用が確保され、上演へと至る過程を繰り返すことで振付家も、新たな作品を共に作り上げるダンサーやスタッフも育つことを、このプロジェクトが示している。本作を振付けた貝川鐵夫、そのほか福田圭吾、宝満直也らがここから巣立ち、それぞれの個性を生かした作品を振付け、発表しているのは頼もしい限りだ。
本作、貝川の『人魚姫』では、まず音楽性を評価したい。王子が海中へ沈んでいくシーンではサティ「ジムノペディ」が幻想性を創出するなど、既存の音楽を使いながら、音楽と振付、演出が見事に融合し、互いに新たな魅力を引き出していた。また、海中の生物たちの動きを模したユーモラスな振付にも遊び心と想像力が発揮された。
２）8月1日『世界バレエフェスティバル』Aプロ、8月9日『同』Bプロ・・・観客の古典志向変化の兆しと日本人ダンサーの活躍
3年に一度、世界のトップダンサーが集うバレエの祭典。私が見始めた1980年代は、ジョルジュ・ドン、マリシア・ハイデなど圧倒的なオーラを放つダンサーが登場し、1990年代はシルヴィ・ギエムら綺羅星のごときスターが毎公演、トリの「ドン・キホーテ」で競い合い、華やかに盛りあげた。その後、技術競争に沸く観客を満足させる一方で、プログラムはネオクラシックとコンテンポラリー作品が半分近くを占め、世界の潮流を伝えていた。とはいえ、日本の観客の古典志向とダンサー本位は変わらないことが、その反応から透けて見えた。
今回驚いたのはダンサーが勢ぞろいするフィナーレで、Aプロではクラシック・チュチュを着た女性ダンサーが二人しかいなかったこと。つまり、クラシック・チュチュが定番衣装の古典作品ではなく、ネオクラシックからコンテンポラリーまでの作品が大半を占めたのだ。しかもチュチュを着た一人で、トリの「ドン・キホーテ」を踊ったマリアネラ・ヌニェスは、技術の誇示より間合いと仕草で、独自の音楽性と作品の理解を表現していた。ダイナミックな跳躍や回転に感嘆するのもバレエの楽しみだが、それだけではない表現の幅広さを伝えてきた主催者のプログラム構成を、日本の観客も味わえるようになったことの反映だろう。
Bプロでは古典、ネオクラシックの比率が上がった。ここで特筆すべきは何人もの日本人ダンサーたちの活躍。彼女たちが踊る作品の幅広さに感心すると共に、「ドン・キホーテ」で堂々たるトリを務めた菅井円加の的確な技術と大胆かつ繊細な表現力には、お見事！と唸るばかり。盛大な拍手を送りたい。
３）8月4日『横浜バレエフェスティバル2024』、8月16日『STARS SPECIAL BALLET GALA 2024』（広島県福山市）・・・地域と結びつくバレエ公演
今回10周年を迎えた『横浜バレエフェスティバル』は、当初は主催者たちの熱意による手作り感のある公演だった。上記『世界バレエフェスティバル』とは異なる趣向で、遠藤康行を芸術監督に据えて国内外で活躍する日本人ダンサーを中心に、古典とコンテンポラリーをバランスよく配したプログラマム構成。同時に、地元横浜の子どもたちをオーディションで選び舞台で共演する試みなど、ダンサーの育成を含めた視点で地域と結びつきながら継続されてきた。その間、地元の劇場との協力関係も結び、発展的に継続している。
また、『STARS SPECIAL BALLET GALA 2024』は、広島県福山市で、地元のバレエ教師の企画により実現されたもの。新国立劇場バレエ団、東京バレエ団等のソリストたちが集結した贅沢な人選で、公演前日には出演者の佐久間奈緒が地元の子どもたちに向けたワークショップも行った。観客の拍手のタイミング、強弱などから、バレエの理解の深さがわかった。専門の興行会社でなくとも、それぞれの地域でバレエ公演が企画、運営される環境ができ、観客に上質なバレエを見せると共に、子どもたちの育成も図られているケースである。
４）8月31日『某ジョイントコンサート』・・・大人バレエの拡大と盛り上がり
近年日本ではバレエを習う子供が減少する一方で、大人になってからバレエを始める人、あるいは再開する人が増えている。「大人バレエ」などというらしい。そういう方たちが、自由に参加できる「ジョイントコンサート」などと呼ばれる公演が増えている。企画運営する多くはバレエ教室主宰者だが、教室の生徒だけでなく、広く参加者を募り、参加費さえ支払えば自由に作品を踊ることができる。参加者の多くが、大人バレエや舞台で踊る機会の少ないバレエ教師などで、プロの男性ダンサーのサポートによって古典のパ・ド・ドゥやヴァリエーションを踊っている。
私の幼少期には、男性とパ・ド・ドゥを踊るのは教室の発表会で主役を踊るような人だけであり、大人からバレエを始める人は稀だった。憧れだったバレエを習うことも、男性ダンサーとパ・ド・ドゥを踊ることさえできる、大人バレエの世界が広がっているのだ。かくいう私も、年齢を重ねてようやく時間とお金を趣味のバレエに充てられるようになった。この年齢になると「いつか・・・」なんて言っていたら体力も筋力も衰えるばかり。厚かましくも男性ダンサーにサポートされ（バレエを超えて、文字通り支えてもらい）ながら、ボケ防止のため踊り続けているのだが、周りの方々の熱心さには常に圧倒されている。年齢と経験に関わらず、自分が楽しむために自分が踊るバレエが広がっているのだ。
（稲田奈緒美 2024/07/27 新国立劇場ほか）
