September 25, 2024

《世界バレエフェスティバル》Aプロ

3年に一度のバレエの祭典『世界バレエフェスティバル』が開催された。世界のトップダンサー総勢32名出演したAプロは、17演目が4部構成で披露され、上演時間は4時間半。コロナ禍の影響で強い緊張感の中開催された前回と比べ『世界フェス』らしい高揚感が会場に溢れていたことに、強い感銘を受けた。

トップバッターは、シュツットガルト・バレエ団の注目の若手が、クランコ版『黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ』を披露した。マッケンジー・ブラウンは古典の技術的なしどころを押さえつつ、頭を落としてバランスに揺らぎを持たせた回転で妖しさを表すなど、振付を生かした役作りが上手い。ガブリエル・フィゲレドは来日直前の7月19日に『白鳥の湖』全幕を初役で踊りプリンシパルに任命されたばかりだ(ちなみにこの時のオデット/オディールは雨宮瑞希で、彼女もデミ・ソリストに昇格している)。クロワゼの背中のカーヴが美しく、パのまとめ方も丁寧で、王子らしい品の良さと愛嬌を持つ。プリエがなくても高く跳べてしまう恵まれた脚を持っているようで、このギフトはぜひ大切に磨いていってほしい。

続いてヤスミン・ナグディとリース・クラークがマクレガー振付『クオリア』に、マリア・コチェトコワとダニール・シムキンがクロボーグ振付『アウル・フォールズ』に出演。さらにスパンコールの煌びやかな衣装をまとったオリガ・スミルノワが、ヴィクター・カイシェタを相手にマイヨー振付『くるみ割り人形』を踊った。一幕のラストはドロテ・ジルベールとユーゴ・マルシャンがロビンズ振付『アン・ソル』に出演。シンプルなレオタード姿の二人が、オペラ座ならではのソリッドなテクニックで完成度の高い舞台を見せた。

第二部の冒頭は、菅井円加とアレクサンドル・トルーシュがノイマイヤー振付『ハロー』を踊った。続くサラ・ラムとウィリアム・ブレイスウェルは、『マノン』より第一幕の出会いのパ・ド・ドゥに出演。オフ・バランスをとことん繋いでゆくマクミランの型を体現し見ごたえがあった。さらにオニール・八菜とジェルマン・ルーヴェがプレルジョカージュ振付『ル・パルク』を、永久メイとキム・キミンがバランシン振付『チャイコフスキーのパ・ド・ドゥ』を踊った。

第三部は、プティ振付『スペードの女王』の伯爵夫人を踊ったマリーヤ・アレクサンドロワが、名人芸の極みを披露した。白髪混じりの髪型に、地味なドレスの袖から覗く腕を、ゆらゆらと揺らす仕草に特徴のある振付で、いわゆるバレエの超絶技巧などは使われていない。背筋はピンと伸びているが無駄な力は入っておらず、自分の身体の使い方を熟知したベテランダンサーゆえの凄みに溢れていた。ヴラディスラフ・ラントラートフも美しい青年士官を演じ、アレクサンドロワの威厳を引き立てていた。

第三部は他に、スミルノワがもう一曲、マルシャンとファン・マーネン振付『3つのグノシエンヌ』を、シルヴィア・アッツォーニとアレクサンドル・リアブコがウィールドン振付『マーキュリアル・マヌーヴァーズ』を踊った。フルーエンレイツ振付『空に浮かぶクジラの影』(世界初演)には、黒いジャケット姿のジル・ロマンと小林十市が出演。ベテラン二人の存在感を堪能する作品で、時たま途方にくれたように立ち止まる姿にも魅力が滲み出る。白、赤、黒の風船や、仄暗くスモークのかかった舞台、ヴォーカル付きの楽曲など、演出にも工夫が凝らされていた。

第四部はベテラン勢の揃い踏み。アレッサンドラ・フェリとロベルト・ボッレがウィールドン振付『アフター・ザ・レイン』を、ディアナ・ヴィシニョーワとマルセロ・ゴメスがサープ振付『シナトラ組曲』を踊った。ラストから二番目はエリサ・バデネスとフリーデマン・フォーゲルによるノイマイヤー振付『椿姫』。7月末に開催された記者会見の場で、11月のシュツットガルト・バレエ団来日公演の、プレビュー的な要素があると述べられていた演目である。フォーゲルのアルマンは純粋さが際立ち、マルグリットの足元に長身の体を投げ出す場面では、勢い余る恋心が強く現れていた。対するマルグリットのバデネスは、咳き込む姿に誇張が感じられたり、たっぷりとした衣装を持て余したりと、役の可能性を色々と試している段階のように見られた。来日公演にはノイマイヤー本人の帯同が予定されており、振付家の手を経てバデネスがどのように役を完成させるのか興味深い。

Aプロはマリアネラ・ヌニェスとワディム・ムンタギロフがトリを勤めた。演目は恒例の『ドン・キホーテ』。ヌニェスは持ち前のバランス力でポーズをぴたりと決めるだけでなく、ポーズとポーズのつながりも、エレガントなシークエンスとしてきっちりと見せる。ムンタギロフも大柄ながら体のコントロールが良く、柔軟性も兼ね備え、脚は前にも後ろにもよく上がる。世界フェスのラストにふさわしい、格調高いグラン・パ・ドゥであった。

ところでAプロは、『アン・ソル』『ハロー』『ル・パルク』『3つのグノシエンヌ』『マーキュリアル・マヌーヴァーズ』『椿姫』と、ピアノの生演奏を用いた作品が5作並んだ。ピアニストの菊池洋子氏は本公演で最も活躍した一人であろう。

(隅田 有 2024/08/02 東京文化会館大ホール 14:00)


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