May 09, 2023

新国立劇場《シェイクスピア・ダブルビル》

名作『夏の夜の夢』(フレデリック・アシュトン振付)と、世界初演の『マクベス』(ウィル・タケット振付)で構成されたプログラムが上演された。

『マクベス』は主要人物こそ少ないものの、3人の魔女の登場で始まり、マクベスの死後にマルカムが王位に就くまでを、原作に比較的忠実に描く。ラストは討ち取られたマクベスの首まで出すという徹底ぶりだ。オフバランスを多用した振付は、円を描くように踊る冒頭の幻想的な魔女のシーンで最も効果を発揮していた。イギリスの振付家でオフバランスの名手といえばケネス・マクミランだが、実際にマクベス夫妻のパ・ド・ドゥでは、マクミランのボキャブラリーが随所に見られた。さらに原作にはない、レディ・マクベスの亡骸とマクベスが踊る場面は、『ロミオとジュリエット』のカタコンベのパ・ド・ドゥを彷彿とさせた。しかしマクミランとタケットの決定的な違いは、前者はムーヴメントを用いて物語を紡ぐのを得意としたが、後者の振付はダンスシーンでストーリーが進行しないところにある。踊りとストーリーの展開が区別されている点だけに注目すると、プティパに代表されるクラシック・バレエの構成に近いとも言えるが、様式美の要素が強いクラシック・バレエとは異なり、本作は強い感情を乗せた振付の前後に、演劇的な場面が念を押すように挿入される。説明が行き届いている反面、ダンス作品としてマクベスを上演する必然性が見えてこない点に、物足りなさが残った。例外はバンクォーの亡霊が登場する宴会のシーンで、2台の長いテーブルを移動させたり回転させたりしながら、亡霊が消えては現れる演出は、マクベスの混乱を視覚的に表すことに成功していた。マクベスは野心のために次々と手を汚すが、心底残忍な”実悪”のキャラクターではない。タイトルロールの福岡雄大は悪事を重ねてもどこか憎めないスコットランドの武将を、レディ・マクベスの米沢唯は愛する夫を王座に駆り立てるエキセントリックな妻を、それぞれ好演した。オフバランスを、夫婦の心理的な境界線の曖昧さに結びつけていた点が秀逸である。主な登場人物は他に、ダンカンに趙載範、マルカムに原健太、バンクォーに井澤駿、フリーアンスに小野寺雄、マクダフに中家正博、マクダフ夫人に飯野萌子、三人の魔女に、奥田花純・五月女遥・廣川みくりが出演した。

30分の休憩を挟み、後半は新制作の『夏の夜の夢』。タイターニアの柴山紗帆は、バレエの8つの方向が明確かつ、速い動きにもコントロールが効いていて、さらに上半身の動きにはアクセントがあり、アシュトンの振付の面白みをきっちりと引き出していた。オベロンの渡邊峻郁は登場するだけで様になり、妖精の王としての威厳と華やかさは他に類を見ない。しかし後半のスケルツォでは、ステップ、音取り、空間の使い方のそれぞれで苦戦しているようであった。パックの山田悠貴はキレの良い踊りで見せ場の多い役を務め上げ、木下嘉人がボトムの可笑しみを哀愁を交えて表現した。本作は、メンデルスゾーンの軽やかな旋律と振付が見事に調和したマスターピースだが、妖精たちがひと呼吸静止する際に動きが流れてしまったり、片膝をつくときにドスンと音が聞こえたりと、舞台の仕上がりにはもう少し伸びしろがありそうだ。英国で長年プリンシパルとして活躍した芸術監督の吉田都は、本作を知り尽くしているのではないだろうか。さらなる進化を遂げて再演されることを心待ちにしたい。主な出演は他に、ヘレナに寺田亜沙子、ディミートリアスに渡邊拓朗、ハーミアに渡辺与布、ライサンダーに中島駿野が出演した。

(隅田 有 2023/05/06 新国立劇場オペラパレス)



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