April 05, 2017

Attakkalari INDIA BIENNIAL 2017

南インドの中心都市のひとつベンガルール(バンガロール)で、第8回を迎えるアタカラリ・インディア・ビエンナーレ 2017が開催された。主催するAttakkalari Centre for Movement Artsは、振付家・芸術監督のJayachandran Palazhyの指揮の元、コンテンポラリーダンスのカンパニー、スクール、レジデンス、批評紙の発行などを行っている組織。ベンガルールは歴史的に英国の影響を強く受け、現在ではインドのIT産業の中心地になったとはいえ、この国でコンテンポラリーダンスを広め、ダンサー、振付家を育成し、観客を獲得してきた経緯には多くの苦労がしのばれる。今回、ビエンナーレを案内してくれた松尾邦彦氏は、アタカラリの創成期から映像スタッフとしてコラボレートしてきたため事情に詳しく、アタカラリの人々からの信頼も厚い。ベンガルールという都市は近年目覚ましく発展しているが、このコンテンポラリーダンスのフェスティバルも質量ともに大幅に進歩したそうで、日本では望めないほどの充実したプログラムだった。



フェスティバルは23日から12日まで、ベンガルール市内の複数の劇場、施設で行われた。公演したカンパニー、アーティストは、登場順に韓国からGamblerz & AnimationSecond Nature Dance Company、ヨハネスブルグからVuyani Dance Theatre、フランスのCentre choregraphique national de Grenobleからのデュオ、ドイツ、イタリア、スペインのアーティストによるコラボレーション、アタカラリ・レパートリー・カンパニー、バルセロナのカンパニーGN|MC Guy Nader |Maria Campos、ワルシャワのZawirowania Dance Theatre、イタリアのFabbrica Europa、ドイツからFabien Prioville dance company、フィンランドからTero Saarinen Company他のトリプル・ビル、カナダからCampagnie Marie Chouinardなど。その他、小スペースでのソロ、デュオ、オープン・スペースでの無料パフォーマンスなどにインド内外のアーティストが登場した。また、メイン会場となったAlliance Francaise de Bngaloreで『The BENCH India』と『Poetics of Technology in Performance』という二つのカンファレンスも開催された。Fabien Prioville, Tero Saarinen, Marie Chouinardらは日本でもお馴染みなので、個々の作品についてここでは触れず、『The BENCH India』について報告したい。

The BENCH Indiaは、英国の2Faced Dance Companyの芸術監督・振付家であるTamsin Fitzgeraldの発案で2015年に始まった、The BENCHのインド版。英国では女性振付家の活躍する機会が均等ではないという現状への批判から、中堅クラスの女性振付家に対してベテラン振付家がメンターをして才能を伸ばし、さらに公演場所、プロデュサー、コミッショナー、アートリーダーなども一緒に活動することでジェンダーによる不平等をなくし、アート界そのものを変えようとするプログラムだ。ベンチとは、スポーツの試合の際のベンチのことで、ベンチに座ったままの女性たちに活躍の場を与えたい、という意味である。これまで数名の女性振付家が選ばれ、育成され、機会を与えられてきた。それをインドでも行うために、Attakkalari Centre for Movement ArtsSumeet Navgdev Dance Arts(Mumbai)Darpana Academy of Performing Arts(Armedabad)が協力し、この3か所で2Faced Dance Companyがワークショップを行い、応募者を募って選出するとともに、英国とインドの現状を話し合うカンファレンスをビエンナーレ中に開催したのだ。

27日には、朝から様々な発表、討論が行われ、最後にインド国内から選ばれた5人の女性振付家が自作を踊り、その直後に自分や作品について言葉でプレゼンした。そして5人の中から2名が選出され、英国で振付を委嘱され、ツアーする機会と費用を得た。5人の作品はそれぞれ特徴があり、インドにおけるコンテンポラリーダンスの展開の歴史を見るようだった。30代くらいのダンサーは、明らかに基本メソッドとして古典舞踊を習得している。古典舞踊と言っても多様な様式があるのだが、ほぼ共通するのは腰をやや落とした状態で上半身が安定し、揺るがないトルソと脚、雄弁かつ緻密な腕と指を操ること。幾何学的、直線的な古典舞踊の型をベースにしながら、そこからの逸脱と自我を表出させる表現を試みている。その強い表現からは、古典舞踊とコンテンポラリーダンスのはざまで創造する自らのアーティストとしてのアイデンティティと、インドにおける社会的、経済的な女性の地位や関係性など個人としてのアイデンティティを模索していることがダイレクトに伝わってくる。それに対して20代の若いダンサーには、古典舞踊の身体性はほとんど見られない。英国など海外でコンテンポラリーダンスの勉強をしてきたのか、リリーステクニックなど比較的リラックスした身体性から生まれる制約のない動きや、ヒップホップの技術から変換した素早い動きなどを用いており、総じて抽象的で、ジェンダーの特徴、主張は薄い。

結果として英国ツアーの権利を得たのは、前者に属する二人、Hemabharaty Palani Ronita Mookerjiだった。彼女たちの集中力の高いプレゼンスと表情、緊密な神経の束で造形されたような硬質で美しい型とそこから生まれる隙のないムーブメント、インドで女性が表現することへの抑圧と切実な欲求を感じさせるものであり、見る者に強い印象を残した。ここで選ばれた5人、さらに2人が、これからどのように振付、演出、表現力などアーティスティックな才能を伸ばしながら、かつ公演する機会、作品を委嘱される機会を得て育っていくか、楽しみに待つことにしたい。

さて、このような取り組みを見聞きして、振り返って考えるのは日本の現状である。日本には現代舞踊協会や学校での体育教育としての創作ダンスの歴史があり、モダンダンスの振付家に女性が多い。男性よりも圧倒的に多い、と言えるし、現代舞踊協会の公演で作品を発表する機会や、小規模なコンテンポラリーダンスのソロ、カンパニーなどの公演で女性が振付ける機会は多い。フラメンコなども同様だろう。一方バレエや日本舞踊では、ダンサーは圧倒的に女性が多いものの、振付家は少ない。バレエ団の規模が大きくなるほどに、その割合は少なくなる。いずれにしても、振付して作品を発表する機会は自主公演、つまり自分で自分に、あるいは自分のカンパニーメンバーに対して振付し、同時に公演費用をかき集めて上演する場合がほとんどである。カンパニーや劇場、フェスティバルから振付を委嘱されて創作し、上演する機会は非常に限られている。自主公演、主催公演では毎回赤字を抱え、公演を続けるほどに疲弊していくという運営状況に陥ることが多く、それでは振付家として育っていく余裕はなかなか生まれない。英国で生まれたThe BENCH は、単に振付について指導、育成するのみならず、劇場やカンパニーなど組織での決定権を持つ人、予算を握っている人(これらも往々にして地位が高くなるほど男性が多くなる)をも巻き込み、委嘱されて振付、上演する機会を増やそうとしている。日本の現状を睨みながら、この試みを注視していきたい。(稲田奈緒美 2017/2/7 インド バンガロール)



inatan77 at 21:13舞台評 
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