August 02, 2020


AFP通信の配信により、ルネ(愛称=ジジ)・ジャンメールの訃報を日本の新聞各社が伝えた。7月17日にスイスの自宅で亡くなったのだ。96歳だった。“ジジ”は1933年、パリ・オペラ座で踊りはじめる。しかし、クラシックの枠に収まり切れず、活動の場を新しいバレエの世界、ショー・ビジネス、映画など、多方面へと広げて行った。

彼女は、1924年4月29日生まれ。パリ・オペラ座でいっしょだったローラン・プティとは同い年だった。やはりクラシック・バレエにあき足りず早々にオペラ座を飛び出したプティの振付を踊るようになり、二人は臨時編成のダンス・グループ“バレエ・ド・パリ”を足場として新しい舞踊の世界を目指した。1949年にロンドンで初演したプティ振付、“ジジ”主演の『カルメン』は、当時としては異例のセクシーな演技で、大きな反響を呼んだ。二人は1954年に結婚する。

1964年2月、“ジジ”は40名のショー・ダンサーを率いて来日し、《ルネ・ジャンメール舞踊団公演》を日比谷公会堂で行った。当時39歳の彼女は、背中に大きな羽飾りをつけた豪華な衣裳で群の先頭に立った。プティは同行していなかったが、彼が振付けたイブ・サンローランの衣裳によるエンターテインメント作品『ダイヤモンドを噛む女』は、バレエのすぐ外側に別の世界が開けていることを、日本のバレエ・ファンに示したのだった。彼女が低音で語り掛けるように唄った歌も、深く心に響いた。

ちょうど同じ頃、リアンヌ・ダイデ、ミシェル・ルノー、ロゼラ・ハイタワー、アンドレ・プロコフスキーが来日し、《フランス・バレエ・4大スター合同公演》を同じ日比谷公会堂で行った。彼らのバレエの伝統に忠実な抑制を利かせた表現と、感情を身体の動きに込め、それを小粋なしぐさでさらりとつないだ“ジジ”の踊りの違いに、当時の日本のバレエ・ファンは目をみはった。東京オリンピック開催に沸き、新幹線が走り始めた当時の日本に、“ジジ”の一行は大きな刺激をもたらしたのだった。

(山野博大)


jpsplendor at 23:17レポート

July 24, 2020


シアターΧ(芸術監督/プロデューサー=上田美佐子)主催の《国際舞台芸術祭(IDTF)2020》で藤田佳代舞踊研究所の『この子が無事に帰るまで』(作舞=菊本千永)と江原朋子の『ムシ to be continued』を見た。他に劇舎カナリアによる『ムシムシメヅルシ-Bye o! Hi story』(作=山崎永莉、演出=山本健翔)も上演されたが、舞踊分野の2本のみ、見たままを記す。

シアターΧの《国際舞台芸術祭(IDTF)》は、2年ごとの開催で14回目。毎回、実行委員会がメイン・テーマを設定し、参加者はそれに沿った創作を上演する。今回のテーマは「蟲愛づる姫と BIOhistory=生きものの物語」だった。
 
藤田佳代舞踊研究所に所属する菊本千永作舞の『この子…』から始まった。「この子」をとり囲んで白装束の3人が踊る。「この子」はハンチングを被った反抗的な身振りの少年だ。外の世界に遊び自分を試そうと、舞台を降りて客席の通路で踊る。舞台で踊る白衣の3人にも、それぞれにソロを割り振り、動きのつながりも綿密に作って、確固とした生活空間があることを示す。疲れ果てた「この子」が「無事に帰り」横たわる。それを白衣の3人がとり囲むところで作品は終わる。菊本作品は、どこにでもある少年の放浪を受け止める強靭な社会の仕組みを描いたもの。少年と白衣の3人のていねいに作り込まれた動きの流れ、日本の神社の巫女を思わせる白衣の衣裳デザインの巧みさなどがひとつになり、格式を感じさせる佳作が出現した。師匠であり、母である藤田佳代を通じて法喜聖二、法喜晶子ら関西現代舞踊界の本流に連なる菊本の作品は、時間をかけて自らの世界を練り上げた佳作だ。

江原朋子の『ムシ to be continued』は、人類よりもずっと長い歴史をたどる「ムシ」の生態を描いたもの。ゆるやかな動きをさまざまにつないだ踊りが続く。7人の群舞のひとりひとりに動きを任せたように見える無統制な動きの連鎖は、虫たちが無秩序に繰り広げた盛衰史を思わせる。その混沌に乗って江原が何度も登場し、彼女ならではの踊りを披露した。若くして三条万里子、厚木凡人ら海外の舞踊動向に敏感な舞踊家たちの影響を強く受けた江原は、自らも海外に進出して舞踊の最先端に接し、その後も異色の舞踊家たちと舞台を共にして、独自の領域を探り続けてきた。『ムシ…』は、その末にたどり着いた世界なのだ。江原は2011年の舞踊作家協会公演で『虫めづる姫君たち』を踊っている。彼女のあでやかなソロは、それにつながるもの…。

日本の現代舞踊の歴史を引き継ぐ正統派、菊本千永の『この子…』、今の時代の野放図さを象徴するような緩やかな作りの、江原朋子の『ムシ…』という、対照的な佳作が並んだ。

(山野博大 2020/7/11 シアターΧ)

jpsplendor at 14:15舞台評短評

July 20, 2020


史上初の緊急事態宣言が出され、舞台公演の中止が相次いだ2020年4月に嬉しいニュースが舞い込んだ。中止と思われていた《上野の森バレエホリデイ》がオンラインで開催されるというのだ。《上野の森バレエホリデイ》は、2017年に始まって以来、ゴールデンウィークの輝く太陽のもと、大勢の人が東京文化会館に集まり、拍手や子供達の歓声が入り混じる中、様々な催しが行われていた。果たしてオンラインではどうなるのかと、期待と同時に不安を抱きつつパソコンの前に座ったが、蓋を開けてみれば、世界中のダンサーがキャスティングされ、短い準備期間でよくぞここまでと感心するほど多彩なラインアップだった。公式ホームページによると、4月25日から29日までの6日間のサイト訪問者は15万6千人、訪問回数は27万9千回、動画視聴回数の合計は37万回。リクエストに応えて5月6日まで延長されたプログラムも含めると、サイト訪問者は16万9千人、動画の視聴回数は実に53万2千回にもなったそうだ。

日本のカンパニー(井上バレエ団、貞松・浜田バレエ団、東京シティ・バレエ団、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 、東京バレエ団、Noism1、牧阿佐美バレエ団)による過去の舞台映像、東京バレエ団の海外ツアーに密着したドキュメンタリー、ダンサー同士の対談、スターダンサーへのライブインタビュー、ダンサー達によるレッスン、SNSと連動した視聴者参加型のダンスの企画やダンサーをスケッチする企画等々、全てには目を通せないほど多数の動画が公開されていた。その中でもコロナ禍の今を体現しているものや印象に残るものをメインにレポートし、この危機を乗り越えた後に「オンラインで開催されたこともあったなあ」と振り返れるよう記録に残しておきたい。

まず、今だから、遠隔だから、これだけ豪華に実現できた企画として、ダンサー同士の対談《ダンサー・クロストーク》と《ライブインタビュー》があった。二人のうち一人はモニターでの遠隔出演。どの回においても、外出自粛という初めての事態にダンサーとしてどう向き合っているかが話題になり、舞台に立てる、仲間とレッスンができるという日常はかけがえのないものだったという思いが吐露された。そして、自分に向き合える良い機会と捉えているというポジティブな意見も多く聞かれた。

《ダンサー・クロストーク》

以下の8組で対談が行われた。※五十音順
・秋元康臣(東京バレエ団 プリンシパル)× 柄本弾(東京バレエ団 プリンシパル)
・秋元康臣 × 福岡雄大 (新国立劇場バレエ団 プリンシパル)
・池本祥真 (東京バレエ団 ファーストソリスト)× 高田茜 (英国ロイヤル・バレエ団 プリンシパル)
・上野水香 (東京バレエ団 プリンシパル)×小野絢子(新国立劇場バレエ団 プリンシパル)
・上野水香×高田茜
・上野水香×町田樹(慶應義塾大学・法政大学 非常勤講師/元フィギュアスケート日本代表)
・高田茜×山本康介 (元英国バーミンガム・ロイヤルバレエ団 ファーストソリスト)
・柄本弾×八幡顕光(ロサンゼルス・バレエ団 ゲストプリンシパル)

◆秋元康臣×柄本弾

同じバレエ団に所属しながらレッスンも公演もない状況下で、対談は「久しぶり〜」からスタートした。器用に話をリードしていく柄本に対し、終始恥ずかしそうで、初々しさの残る秋元。初めて踊った役は「リス」、「隣で踊る女の子に5番ポジションを直された」と、幼い頃の記憶が鮮明な秋元に比べ、初めて観たバレエも初めて踊った役も「全く覚えていない」と、あっけらかんと話す柄本が、好対照で可笑しい。幸せを感じた演目は、秋元は『白鳥の湖』、柄本は『ボレロ』と二人とも予想通りの回答。秋元にとって、ロシアのバレエ団ではようやく踊れた作品であり、東京バレエ団の初の主役が『白鳥の湖』だった。たしかに東京バレエ団での彼のデビューは鮮烈であった。柄本がメロディ役でデビューした『ボレロ』は、横浜の屋外ステージで、雨が降りだし、赤い円卓の舞台が濡れている中で行われ、筆者もその状況をよく覚えているが(http://www.dance-times.com/archives/4949923.html)、本人も「滑るし、泣きそうだった」と回想した。舞台上での女性のサポートについての話になると、柄本が「特に本番では、良い意味で相手を信用し過ぎない。失敗する可能性を頭の片隅に入れながら、視野を広く持って臨む」と言うと、秋元が感心したように「さすがの包容力です」と反応。対して柄本は「褒めて頂いて、ありがとうございます!」と両手を広げる。柄本によると、バレエ団には秋元のファンが嫉妬するぐらい多く、秋元はクールなのに喋ると面白いという、一番ずるいパターンだそうだ。終始、仲の良さが伝わり、ほのぼのとした対談であった。

◆秋元康臣×福岡雄大

大阪のガラで出会った当初から、秋元は福岡を「完璧」と思っていると明かし、主に秋元が福岡に質問する形で進んだ。バレエを始めた時にはすでに小学3年生で、ぽっちゃり体形だった為、可愛い時代はなく、先生に「痩せなさい」と言われていたこと、コンクールは辛かった思い出しかないこと、スイスのチューリッヒ・バレエに留学した際は、はじめは英語ができなくて引きこもっていたが、当時バーミンガム・ロイヤルに留学していた福田圭吾と会うのが楽しくて、太ってしまったこと等々、福岡は、華々しい経歴にも関わらず、それを美化することなく、淡々と明け透けに話すのが面白い。筋力の維持について聞かれると、福岡は、根底にあるのはクラス、そしてリハーサルをきちんとすること、そして、例えば『マノン』の場合には、半年前から、ふくらはぎを鍛えようとか、ルルベを強くしようとか、パートナーとのバランスも考えて早めに対策をしておくと言い、プロ意識の高さがうかがわれた。秋元が「どこかが痛いと、僕はコントロールと言って休んでしまう。でも練習しておきたい。そのせめぎあいです」と告白すると福岡は「それは永遠の課題。正解は分からない。重症化させないのが大事」と返した。コンテンポラリーとクラシックにおける身体の使い分けについて聞かれると、福岡は、クラスから変えていくが、コンテの後のバレエは難しく「スイッチで変えられたらいいのに」と表現した。最後は、こんな時だからこそ、いつもは忙しい二人が対談できて良かったと締めくくった。

◆池本祥真×高田茜

同時期にボリショイ・バレエアカデミーに在籍していた二人。クラスが異なり、お互いに人見知りだった為、在籍時にはほとんど話したことがなかったそうだ。今回も二人ともはじめは緊張していたが、ロシアの思い出で盛り上がり、打ち解けていった。途中で、二人がアカデミーで踊った『パリの炎』のパ・ド・ドゥの秘蔵映像が流されるという嬉しいサプライズもあった。池本は、舞台上でのキリリとした佇まいとは異なり、シャイで、おっとりしている。対して高田には、いつもとは違って、しっかり者の一面が見られ、対談は、高田がリードする形で行われた。ボリショイ・バレエ団の元ファースト・ソリストの岩田守弘による講習会に参加したのをきっかけにボリショイ・アカデミーに入った池本は、はじめは言葉の違いに苦労し、緊張してバーを握りしめ、手にマメができてしまったと言う。高田は、バレエに加えて、キャラクター、ジャズ、宮廷舞踊と踊り漬けの毎日、そして、音楽史もバレエ史も学べる環境が本当に楽しかったと振り返る。また、食中毒が発生し、食堂で食べた子は学校の中の小さな病院に入院することになり、彼女もその一人だったことを明かして、懐かしそうに笑った。池本は、卒業後に国立バレエ・モスクワに入団。同級生が一緒だったこともあり、戸惑いはなかった。むしろ、日本に帰ってから最初に入団したバレエ団はロイヤル・スタイルだったため、池本はロシア的過ぎると言われ、あまり活躍の場がなく、プロは求められているものをきちんと見極めないといけないことを学んだと言う。一方の高田は、ローザンヌでの入賞をきっかけに、アカデミーを卒業することなくプロになることを選び、英国のロイヤル・バレエ団に入った。ロシアで伸び伸びと学生生活を送っていたのが一変し、プロになると自己管理をしっかりしなくてはならず、演目も多くて覚えることに必死、そして言葉が大変だった。2年間ロシアにいた為に「イギリスにいるのにロシア語で返事をする変な日本人になっちゃった」と笑った。初めてホームシックになったという。それぞれの苦悩の時を経て、充実の時を迎えている同年代の二人。満を持して対談の機会を持てたことを喜んでいた。

◆上野水香×小野絢子

「おうちでバレエしてますか?」との上野の問いかけに小野は「してます。今、流行りなんで」と答える。真っすぐに熱く語る上野に対して、小野は照れくさそうに少しはぐらかしながら、飄々と話すのが好対照だ。二人とも舞台が無い期間というのは久しぶりだが、一人で自分に向き合い、見直す機会になっており、悪くないと感じているそうだ。自宅等の小さな空間で自分の身体や動きを細かく見ていると、大きな空間では見過ごしていた悪い癖が目に付くと言う。上野が、小野には変なところがないから、同じように感じているのは意外だと話し、上野のプロデュースしたガラ公演に小野と福岡が参加した際のエピソードを紹介した。上野が二人の踊りを完璧だと見ていたのに、袖に入るや否や二人でずっと問題点について打ち合わせをしている姿に、ここまで突き詰めるからこそなせる緻密な踊りなのだと衝撃を受けたそうだ。一方、小野は上野に対し、白のレオタード一枚のようなシンプルな衣装で踊っていても、後ろにいつもダリアの花が咲いているようで、輪郭がくっきりとして匂い立つような踊りをすると感じていると言う。上野が「皆で集まってレッスンして、作品を作っていたのがどれだけ奇跡だったのかと思う。私生活で嫌なことがあっても、バレエ団に行ってレッスンすれば忘れられる」と話すと、小野がすかさず「忘れますか?」と反応したのには笑った。一点集中型で他は忘れてしまうのが、悪いところでもあると言う上野に対し、小野は、周りを見過ぎてしまい「集中して!」と言われるそうだ。「それだけ気遣いしつつ、プリマを続けているって強靭ですね」と指摘されると、「周りがどうにか扱ってくれているんです」と小野。そして上野も「私もそれはそうです」と微笑んだ。好きなバレエ音楽を聞かれると、小野は、難しくて選べないとしながらも、ストラビンスキー、そして、カール・オルフの『カルミナ・ブラーナ』を挙げた。彼女を見出したデヴィッド・ビントレーが振付で、ビントレーは音へのこだわりが強くて大変だった。どの作品でも不可能と思われる課題を毎回与えられている感じだったと振り返る。上野は、彼女を見出したローラン・プティに同じことを感じており「こんなことできない」と思っても実際に踊ってみると自分にマッチしていて、評判も良く、こんな自分もいたのだと気づかされた。そういう出会いは貴重だと語った。日本を代表するプリマ二人の素の部分が垣間見られる対談だった。

◆上野水香×高田茜

本番に向けての意識の高め方について、高田は、英国ロイヤル・バレエ団では、カンパニー専属のサイコロジストにイメージトレーニングを習っているとのこと。過去にスタジオと舞台での感覚の違いに悩んでおり、舞台では身体のコントロールが思うように効かなかったことがあったが、スタジオで稽古中に舞台にいる自分を想像するトレーニングをするようになって、舞台上で楽になり、練習と同じことが本番でできるようになった。メンタルの大切さを痛感し、スタジオでの練習から、床を感じながらやっていくとうまく行くということも学んだと言う。トウシューズに話題が移ると、上野が「縫っている糸1本で変わるし、作品や幕によって使い分けている。トウシューズは永遠の課題」という言葉にプロとはそういうものかと感心した。どの作品が体力的にきついかという話では、パ・ド・ドゥだけで言うと二人とも『くるみ割り人形』で一致。バリエーションからコーダ、特にバリエーション後半のパ・ドュ・シャが辛いと本音を漏らした。スターダンサーの二人でもやっぱりここは辛いのだなと、深くうなずいた。

◆上野水香×町田樹

バレエとフィギュアスケートの第一人者が、それぞれの踊りに最も大切な「音楽」について深く語り合った。町田の何事も突き詰める姿勢に圧倒されながらも、上野の考えがどんどん引き出される形で対談が進んだ。町田は現在、高岸直樹にバレエを習っており、フィギュアスケートは音のダイナミズムを表現するのに対し、バレエは顕微鏡でミクロの世界を覗くような、細かい音の息遣いまで表現すると感じている。そのダイナミズムと繊細さを融合できたからこそ、自分の世界が創れたと言う。町田は、尊敬している人としてマリインスキー劇場の指揮者ワレリー・ゲルギエフを挙げ、彼は通常はタクトを持たず、指1本1本で指揮をして、色々な楽器から出る周波数を指で表現し、統御していく。指先で踊っている、その指先の繊細さがバレエに通じると語った。「バレエをしていると指先で空気を触っているようで、空気の抵抗に敏感になり、感覚が研ぎ澄まされていく」と表現すると、上野から思わず「私が、なんとなく感じていたことを言葉にしてくださった」と感嘆の声が漏れた。フィギュアスケートには古典がなく、オーダーメイドで作って、それをシーズン通して踊り込んでいくが、町田が上野のホームページを見て、レパートリーを数えたら54作品もあって驚いたことを告白すると、数えているのが町田らしく、笑いを誘った。そのレパートリーの殆どは踊り継がれてきた作品だが、そこではどのようにして自身の個性を出すのかという質問に対して、上野の答えは「間(ま)」だった。音符と音符の間の無の瞬間をどうアーティストが捉えているかによって、個性が出る。音と振りが決まっているところは同じでもその「間」にその人が見えると言う。町田のパフォーマンスを見た上野が、音楽に対して敏感で、ジャンプから着地の音まで決めているのに感銘を受けたと伝えると、町田は、モットーは音楽を視覚化すること。そしてシンフォニックな要素に、思想や感情も入れたいので、一つの動作の必然性を考える。だから、ジャンプの着地まで計算している。音楽に合うとテクニックも成功しやすいという面があると明かした。他にもベジャールとプティなど振付家と音楽の話や家でのトレーニングの様子など、話は尽きない。分野は違えど、互いの踊りや音楽に対する姿勢を知り、良いところを取り入れようとする姿勢が印象的だった。

◆高田茜×山本康介

イギリスからの帰国後の隔離期間を経て久しぶりに外出した高田に対し、帰ってきた姿を見てホッとしていると、山本が声を掛ける。山本はロイヤル・バレエの平野亮一と仲が良く、その関係で、自身を人見知りと言う高田は、気さくに声を掛けてくれる山本に感謝していると言う。高田の所属するロイヤル・バレエと山本が所属していたバーミンガム・ロイヤルバレエは姉妹関係にあり、カンパニー間での移動も多い。ロイヤルの監督であるケヴィン・オヘアもバーミンガム出身であるし、ロイヤルに移ったアレクサンダー・キャンベルもウィリアム・ブレイスウェルもそうだが、バーミンガムは気さくで優しい人が多いイメージだと高田が語る。山本の場合は、ロンドンにいた親戚経由で資料を取り寄せ、国際郵便で手書きの願書を送り「頼もう!」とドアを叩いて入学した感じで、 ローザンヌでの入賞を機にイギリスに渡った高田に比べ、アンティークな手法だったと笑う。ダンサーからどのように次のキャリアに移ったのかという質問に対し、山本は、バーミンガムでは自分で求めた以上に王子を含め全ての役をさせてもらい、達成感があった。また、日本に住んでみたいという気持ちが強くなり、若くてパワーがあるうちに次のステップに行く準備をしたほうが良いと思うようになった。イギリスでは、ダンサーの次のキャリアについてサポートする体制がしっかりしており、講習会に参加してみてやはり、イギリスのバレエと日本をつなぐことをやってみたいと、10年ぐらい前から思うようになった。今、こうしてお話しができる環境にいられて嬉しいと話すと、高田も同じように、日英の懸け橋になって行きたいと明かした。最後に、今の状況でモチベーションをどう保っているか聞かれると、高田は、好きな役を一つ決めて、「一人バレエ」をしている。子供の頃から行っているので、これが原点だとはにかんだ。山本は、ストレスをためる期間じゃなく、踊りたい気持ちを育てる期間だと思って、「一人バレエ」でもなんでもして、頑張って行こうと結んだ。

◆柄本弾×八幡顕光

12年以上前に初めて会った二人。当時の印象は、柄本については「少年」、八幡に対しては、憧れのダンサーであり、テクニックの切れが素晴らしく、なんでも100%というイメージだったと言う。八幡は、自身について、体力的にそれほど衰えているとは思わないが、最近はコントロールしていかないといけないと感じていて、昔より無駄な力が抜けたと言う。柄本が、数年前に足首を痛めて手術をしたことで、ジャンプが今迄通りにはできなくなったり、調子が悪い日が多くなったりしたのを機に、踊り方を変えないといけないと思うようになったと告白したのに対し「痛みが出るというのは、自分を見つめ直すきっかけになる」と八幡が返した。お互いに観てみたい役を聞かれると、八幡は、今迄あまり観る機会がなかったから、改めて、柄本によるベジャール作品を観てみたいと言い、柄本は八幡のブロンズ・アイドル(『ラ・バヤデール』)を挙げた。八幡は、東京バレエ団のマカロワ版は、3幕がブロンズ・アイドルが座っているところから始まっていて、憧れている。ただ、金粉を塗っているとヌルヌルしてウォーミングアップが儘ならないし、転ぶと床に付いてしまうから、実際は大変だと笑った。ダンサー冥利に尽きると思った瞬間については、八幡は、やはり『アラジン』の初演で主演したことと答えた。一から作らせてもらえたし、小柄なダンサーが全幕物の主役を踊る機会になったことで、格別な思いだったそうだ。柄本もバレエ団の初演の主役に選んでもらえるのは、バレエをやっていて良かったと思う瞬間と言う。マッツ・エックの『カルメン』でシルヴィ・ギエムがカルメン、柄本がエスミリオを踊った折には、スウェーデンに一緒に行き、エック夫妻を尋ねたことがあった。とても緊張して、ギエムに対して、エック独特の振付(お腹を蹴ったり、顔をベチョっと触ったり)をどこまでしていいのか葛藤があったが、あれこそダンサー冥利に尽きる経験だったと振り返った。

《ライブインタビュー》

バレエ専門WEBメディア「バレエチャンネル」提供で、編集長の阿部さや子がゲストアーティスト4人に1対1でそれぞれ約1時間のインタビューを行った。視聴者からの質問がたくさん寄せられ、基本はそれに答える形で進んだ。

◆飯島望未(ヒューストン・バレエ団 プリンシパル)

所属するヒューストン・バレエ団の拠点、アメリカはテキサス州ヒューストンからの参加。プリンシパルに登り詰め、そのステータスを維持し続けるには、当然、並々ならぬ努力があるのだろうが、ストイックさを表に出さず、言われなければバレリーナとは思えない、おしゃれな今どきの若者という話しぶりだ。15歳で単身渡米した際にもホームシックはなし。マイムでは、バレエバレエしないように、日常生活のおしゃべりの延長のように、現代の人に伝わることを重視していると言う。メイクは、特にストーリーを伝えるような作品の場合には、薄目に、ナチュラルに。マメなどができないので、トウシューズはパット等は使わずに素足で履く。食生活を聞かれると、朝、昼はコーヒーのみだから参考にならないと笑う。技術的なことを問われると、自身は説明が下手だからと、仲良しのマリインスキー・バレエの石井久美子の動画を薦めた。日々のレッスンにおいて辛い時の乗り越え方を問われると、自分は感情の起伏が激しいが、それを敢えてコントロールしようとしない。辛いものは辛いし、落ち込むときは落ち込む。でもやるしかないと言い聞かせて誠実に続けて行けば、必ず見えてくるし、気付くことがあると回答。すると、インタビュアーの阿部が「本当に素直で真実しか言わない方だと、以前にインタビューした時にも感じました。それが舞台での魅力になっていると思います」と返した。モデルやファッションアイコンとしても活躍するだけあって「バレエ」という分野に縛られず、しなやかに、自分を取り繕うことなく進み続ける姿が垣間見られた。

◆オニール八菜(パリ・オペラ座バレエ団 プルミエールダンスーズ)

光差し込むパリの自宅から中継。飼っているのだろうか、鳥のさえずりが聞こえる和やかな雰囲気の中、インタビューが進んだ。ルームシェアしており、3食を自炊しながら、ルームメートとあれこれ話して過ごしていると言う。大切にしている言葉は「我慢」。日本のおばあちゃんから教わった言葉で、オペラ座の正団員になるまでは、まさに我慢の2年間だった。入ってからはトントン拍子で、昇進。しかし、プルミエールダンスーズになって、いきなりストップした感じがした。さらにケガで全然踊れなかった6カ月を経て、今年2月の日本公演ぐらいから、コントロールできない緊張がなくなり、やっと大人になったと感じて、バレエが何倍も楽しくなって来た矢先のこの外出制限。オペラ座が閉鎖されたのは初めてのことで、それはショックだった。しかし、ケガをして休養しているときには「どうして自分だけ?」と思ってしまうが、今は皆が同じ状況なので、ポジティブに捉えて、自宅でレッスンしていると言う。オペラ座の正団員になるための試験は、バーからセンター、最後にバリエーションと続くが、途中で落とされていく。また、オペラ座内での昇進試験では、決められたバリエーションを二つ踊り、自分で選んだバリエーションも二つ踊る。回転で軸を中心に保たなくてもよかったり、前に出てくるジャンプがしやすかったり、オペラ座の傾斜のあるステージが大好きで、特に『パキータ』や『ラ・シルフィード』はオペラ座で作られたから踊りやすいと言う。オペラ座の団員ならではの貴重な話も披露された。

◆金森穣(りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 舞踊部門芸術監督/ Noism 芸術監督)

Noismの本拠地である新潟からの出演。2018年の《上野の森バレエホリデイ》に参加し、東京文化会館の小ホールで公演を行った際の思い出話から始まった。金森本人がケガをしていたり、劇場が狭くて不安だったりしたが、ベジャールの没後10年で彼へのオマージュ作品、ベジャールと言えば東京文化会館ということで決行した。ベジャールのカンパニーには10代の頃にたった2年しかいなかったのに、歳を重ねれば重ねるほど、彼の事を思い出す。人生最小の舞台だったが、上野で公演ができたのは良い思い出で、温かい拍手など本番は鮮明に覚えていると言う。当時43歳で、半ば引退かと思っていたが、この公演を機に、実演家への復帰を決めたのだとか。自粛期間にあっては、Noismのメンバーには若く、一人暮らしのダンサーが多く、とても心配しており、グループLINEで体調等の確認をしているなど、リーダーとしての一面をのぞかせた。Noism結成からの15年を振り返ると、今迄もこれからも「戦い」と表現した。全て自分で要望しなければならない。全く舞踊の事は分からない行政の専門家達にどういう言葉で伝えれば理解してもらえるのか、どうすれば魅力を伝えられるのか、行政の成り立ちや考え方を勉強して、常に考えて来た。今もまさにこういう環境にあって、これからも戦っていかなくてはいけない。昨年の活動延長が大きな話題になったことに触れられると、今迄も同じような状況に陥っていて2、3年おきにこの波は潜り抜けてきているが、市長が変わって、メディアが取り上げて、全国的なニュースになった。今回も延長を許された途端にこの世界。その中でいかに志を全うすべく道を切り開いて行けるか、その為に賛同を得て行けるかが重要と話した。インタビュアーの阿部が、以前に金森が言った「舞踊は一回性の燃焼である。映像は時空を飛び越えられるけれども、舞踊は時間と空間にいつも縛られている」「再現不可能だからこその感動を伝えるのが我々のミッションだ。だから映像という記録ではなく、私たちの記憶に残す」との言葉が、胸にささった。その為、今回、Noismが映像を公開したことに驚いたと指摘すると、それに対する金森の返答が実に印象的だった。「それは単純に我々Noismのことを忘れないで欲しいって言葉に尽きるかな」。今後いつ、どのような形で一回性の燃焼を見せられるか分からなくなった世の中において、Noismが新潟で頑張っていることを忘れないで欲しいし、今度公演があったら観に行きたいと思って欲しい。今迄嫌がってきたことでも、あらゆることを尽くして皆さんと繋がっていたい。すべて映像で見られる時代にあって、今の若者達にいかにして劇場に足を運んでもらえるかが課題。映像を見て興味を持ってもらって「いつか、生でみたらどうなんだろう?」、「劇場に行ってみたい!」と思ってもらいたい。すべてはまた劇場で会うためにやれることをやろうと思っている。金森をしてこう言わしめる今回の危機はただ事ではないと筆者が痛感した瞬間であり、そうした本音を吐露してくれたことで、金森に対する親しみが湧いた。その他、金森が開発し、実践しているトレーニング方法「Noismメソッド」と「Noismバレエ」の説明、作品の創作における最大のインスピレーションである音楽についてなど、様々なテーマについて語った。そして最後に「いつか必ず劇場で会いましょう!」と締めくくった。

◆菅井円加(ハンブルク・ バレエ団 プリンシパル)

ドイツのハンブルクからの参加。ドイツでは、インタビュー当日の4月29日から少人数でのレッスンが許可され、インタビュー後に久しぶりにレッスンに向かうとのことで、ワクワクしている様子が伝わってくる。今をときめくトップバレリーナには聞きたいことがいっぱいで、次々と質問が投稿されるが、どんな質問に対しても、ユーモアを交えながら、自分の言葉で真摯に答える姿が印象的だ。おうち時間の過ごし方を問われると、カンパニーのバレエマスターが開催しているオンラインのクラスを受けたり、自主トレをしたりしている。モチベーションが無い時には落ち込むこともあるが、集中しているときには、飼っている猫(菅井を批判的な目でねっとりと見ている)をスマイルさせるぐらいに気持ちを上げて、ポール・ド・ブラなどをしているとか。食事は、良い機会なので、自炊をしていて、身体に良いものを積極的に取り入れている。彼女にはパーフェクトなイメージがあるが、身体のコアが弱く、それ補うために別の筋肉を使ってしまっていることに、この自粛期間中に気づけたのが収穫で、体幹を鍛えるためにピラティスやヨガ、そしてプランクを取り入れていると言う。ハンブルグ・バレエ団については、とにかくダンサーの表現力が素晴らしく、皆、個性が強い。監督のジョン・ノイマイヤーは、リハーサルでも新作のクリエーションの時にもダンサーからインスピレーションを得て、どんどん振りを変えていく。菅井自身の個性については「無いのが致命傷」と謙遜するが、皆から「エネルギッシュな踊りが似合う」と言われていて、そういう自分を発掘させてもらっているそうだ。そして、ノイマイヤーは挑戦的な役を与えてくれるので、その指導を受けるのが、とても勉強になると言う。踊ってみたい役は『椿姫』のマルグリット。経験も表現力もまだまだだから、いつか踊ってみたいと控え目だが、踊る日はそう遠くないだろう。「男性並みの身体能力はどのように培ったのか」については、子どもの時からとにかく動くのが好きで、体力から来ていると思う。男性のバリエーションが好きで、ソデバスクも動画でアップしている。「華とかオーラは意識しているか」については、ワクワクは音楽から来るので、音楽が自然と助けてくれると言う。昨年プリンシパルになって変わったことを聞かれると、それほどないが、仕事に対する気持ちが高まった。舞台に立つ回数が減ってモチベーションが下がったことはあったが、他のプリンシパルから、皆がそういう時期を乗り越えて来ていると聞いて、頑張ろうと思ったと語った。そうこうしているうちに50分が経過し、菅井がレッスンに行かなくてはいけない時間に。最後にコメントを求められると「家でトレーニングをしていると気分のアップダウンが激しくなり、この先どうなるんだろうと不安になるけど、みんな同じです。いまできることを全力でして、1日に何十回かは笑って、一緒に乗り越えたいです。では、行ってきます!」と言って、インタビューを後にした。菅井の話を聞いただけでもたくさんの人が笑顔になったことだろう。舞台で、あれほどまでに観客を惹き付ける理由が、分かった気がした。

『The Tour Story−東京バレエ団第34次海外公演密着ドキュメンタリー』

東京バレエ団は、日本では珍しい海外ツアーを行うバレエ団である。ツアーのニュースを聞くにつけ、どんな様子なのだろうといつも気になっていた。今回、2019年6月19日から28日間でポーランド、オーストリア、イタリアの5都市を巡った様子をまとめた待望のドキュメンタリー『The Tour Story』が公開された。『ザ・カブキ』、『ドリーム・タイム』、『タムタム』『春の祭典』等々、同バレエ団の珠玉のレパートリーの映像、大興奮の観客の歓声とともに、その裏側の努力や海外ならではの苦悩、そしてハプニング等々が臨場感たっぷりにまとめられていた。芸術監督の斎藤友佳理が涙しながらダンサー達を抱き寄せて好演を労ったり、野外劇場では、口に虫が入るのを気にしながらの公演になったり、普段見られないダンサー達の素の表情や名だたる荘厳な劇場の雰囲気、そして圧巻のパフォーマンスに惹き込まれ、あっという間の1時間であった。
    
《#みんなで踊ろう》

星野源がSNSで発表し、様々なユーザーがコラボして話題になった『うちで踊ろう』に東京バレエ団の岡崎隼也とブラウリオ・アルバレスがそれぞれ振付し、踊り方を詳しく解説した。SNSと連動しており、投稿があると彼らがチェック。うちでもどこでも、踊りがあれば楽しい時間、そして、つながりあえるんだという時代を象徴する企画だ。

《#バレリーナを描こう》

東京バレエ団のバレリーナがポーズを取り、カメラを360度回して撮影する。視聴者がスケッチしたら、それをツイッターに上げて、スタッフが感想を述べるという双方向の企画。工夫すれば、オンラインでもできるのだなあと、スタッフの努力と企画力に感心した。

その他にも、様々なバレエ団のダンサーが次々とメッセージを発信する《ダンサー・メッセージ・リレー》、ダンサー自身が色々な視点から丁寧に指導する「オンラインレッスン」等々、書ききれないほど、様々な配信があった。舞台を観られないのは残念だが、こうしたオンライン企画は、公開中には繰り返し再生できるメリットがあり、且つ、普段は聞けないダンサーの声が聞けて、彼らを身近に感じるようになったのも確かだ。

残念ながらコロナ前の形で公演を行うには、まだまだ時間がかかりそうだ。しかし、舞台芸術の灯を消さない為に、手をこまねいている訳にはいかない。そんな中、このような大規模なオンラインイベントを行ったのは、国内の舞踊界では初であり、今後のモデルケースになるだろう。このイベントを通して、バレエファン、ダンスファンが増え、安心して公演が行えるようになった暁には、劇場に足を運ぶ人の増加につながるよう切に願う。

(吉田 香 2020/4/25-29, 一部プログラムは5/6まで延長)



jpsplendor at 22:56レポート舞台評

July 11, 2020


勅使川原三郎+KARASの《アップデイトダンス》シリーズ第72弾は『空気上層』だった。その3日目を見た。白いロングドレスに身を包んだ佐東利穂子が中央に立ち、そろそろと動き出した。勅使川原がいつもオープニングでやるように両腕を小さく動かしはじめる。それをしだいに広げて行き、約70分間をひとりで踊り切った。勅使川原も踊るものと思って見ていたが、彼が出てきたのは、アフター・トーク。上演を重ねる過程で「日々新たに進化する」KARASの《アップデイトダンス》シリーズの仕組みを語り、後半には自ら登場することを約束した。
 
勅使川原は入門したての頃の佐東に、何もやろうとせずスタジオの空間にただ浮かんでいることを指示した。佐東はそれに従い、毎日数時間、ただ浮かび続けていたようだ。順を追ってしだいに高度なテクニックを身につけて行くのが通常の舞踊の訓練だが、佐東はそのような過程をたどることはなかった。このような勅使川原のトークを聞いて、佐東のソロの背景が見えたような気がした。『空気上層』のタイトルは、スタジオの空気の上層に浮かび続けた若き日の佐東のためにつけたものかもしれない。

佐東はしだいに動きを広げて行った。しかし何かを表現することはなく、ひたすらその場に存在し続けた。そんな佐東を天井の多数のライトが的確に追った。照明のデザインを勅使川原がやっているので、佐東の動きに事細かく同調できるのだ。アパラタスでは、照明が舞台の重要な部分を常に担っている。
 
歴史に名を残すような偉大な舞台人は、最後には何を演じても本人自身のキャラクターで観客の心を動かすようになる。例えば、晩年のマーゴ・フォンテインは、ジゼルを踊っても、オーロラ姫を踊っても、何を踊ってもマーゴであり続けた。プリセツカヤ、ギエムもそうだった。それと同じことは日本の芸能の世界にもある。例えば武原はんがそうだ。何を演じてもまず“おはんさん”で観客を魅了した。
 
勅使川原が、佐東に指示した「何もしないで浮かんでいる」状態は、何をやっても自分そのものを演じてしまう名人上手の究極の姿に近いような気がする。勅使川原が加わってアップデイトするシリーズ後半の『空気上層』は、はたしてどんなことになるのだろう。

(山野博大 2020/7/1 カラスアパラタス)

jpsplendor at 16:33舞台評短評

June 22, 2020


勅使川原三郎+KARAS《アップデイトダンス》シリーズの第71弾で、勅使川原三郎と佐東利穂子が『永遠の気晴らし』を踊った。KARASの本拠、荻窪のアパラタスの入口では、フェイス・シールド着用のスタッフが、観客の体温をチェックし、手、靴底の消毒を行うなどして、新型コロナウイルスの感染に備えた。客席の間隔を十分にとり、定員をいつもの半分に抑えての公演だった。音楽、演劇は、電子映像でもあるていどのところまで感動を共有できるような気がする。しかし舞踊は、密着・密閉・密集のどれを外しても、その本当の良さを受け取ることができない。どうしても手間をかけて劇場を開き、観客とじかに向き合うことになる。

舞台が明るくなる。いつもと同じように勅使川原が何気なく立つオープニング。舞踊公演を見るのは2ヵ月半ぶりだ。踊りを見始めてそろそろ70年になるが、見ない間隔がこんなにあいたのは初めてのこと。勅使川原の動きは繊細そのものだ。それでいてパワーがある。小さく両手を動かし、それを全身に伝え、さらに舞台いっぱいに広げて行く。佐東の力強く流麗な動きが続く。観客は、作品につけられたタイトルを頼りに踊り手の動きと向き合い、それぞれに自分の身内に作品を形作る。それが舞踊を見るということなのだ。私は舞踊にひどく飢えた状態でこのプロセスをたどり、いつも以上に自分のからだの中で激しくうごめく何かを感じた。

『永遠の気晴らし』というタイトルには、コロナ禍のなかで外出を自粛し、そこに発生した長い時間をどう過ごすかという、今の世界の人々の日常につながるところがある。しかし勅使川原は「身体の奥底のうごめき/無目的な戯れ/機能性から外れた無限再生遊戯/危機/ある晴れた日々」と公演案内に目指すところを記し、この作品ががより根源的な問題の提起であることを示した。二人の動きは冒頭から、観客のうっとうしいコロナの日常を瞬時に遠く引き離すものだった。

勅使川原と佐東の微妙に異なる心地よい動きのリレーから、観客は身辺に起こるかもしれないドラマをさまざまに思い描いた。二人は、曲想をいろいろと変え、踊りの世界を多彩に広げた。しかし『永遠の気晴らし』はあっという間に終わってしまったという印象だった。ダンス・シリーズ恒例のアフター・トークがあり、初日に集まった観客はそれをいつものように楽しんだ。佐東はたくさんの植物を自宅で育てている日常を語った。久しぶりにたっぷりと踊りを見たという満足感が身内に残った。
    
 永遠の気晴らしありや夏の宵
 永遠の気晴らし探す梅雨晴間
 ほどほどの気晴らし果てゝ明け易く
 気晴らしの後のあれこれ梅雨はじめ
 永遠の気晴らし初夏のアパラタス    博大

(山野博大 2020/6/12 カラスアパラタス)



jpsplendor at 19:12舞台評短評
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