May 13, 2020

<佐東利穂子>
2020年2月3〜11日、勅使川原三郎+KARAS《アップデイトダンス シリーズ第68弾》(カラス・アパラタス)で勅使川原三郎振付『オフィーリア』を踊る。

<酒井はな、橋本直樹>
2020年2月8日、《2020都民芸術フェスティバル:日本バレエ協会公演》(東京文化会館 大ホール)で、ヴィクトール・ヤレメンコ振付『海賊』を踊る。

<柴田恵美>
2020年2月14〜16日、《OM-2×柴田恵美公演》(日暮里サニーホール)で、真壁茂夫演出、柴田恵美 演出・振付『傾斜 -Heaven & Hell-』を踊る

<中森理恵、キム・セジョン、岡博美>
2020年2月15日、東京シティ・バレエ団公演(ティアラこうとう 大ホール)で、安達悦子振付『眠れる森の美女』を踊る

<平野亮一>
2020年2月16日、NBAバレエ団《ホラーナイト》(新国立劇場 中劇場)で、マイケル・ピンク振付『ドラキュラ』を踊る

<米沢唯>
2020年2月22、23日、新国立劇場バレエ団公演(新国立劇場 オペラパレス)で、ケネス・マクミラン振付『マノン』を、ワディム・ムンタギロフと踊る

<井上八千代>
2020年2月22日、《日本舞踊協会公演》(国立劇場 大劇場)で、義太夫『小栗曲馬物語』を踊る

<東野祥子>
2020年2月23、24日、魁文舎制作『コーポ・シューレアル』(スパイラルホール)を、人形デザイン・製作・パフォーマンスのスべンド・E・クリステンセン、歌手のイザベラ・レイフドッティアと踊る

<ケイ タケイ>
2020年2月28、29日、《音×花×舞》『未完の庭』vol.1 “グロリオサ” (シアターχ)を、作曲・ピアノ演奏の松本俊明、華道の大久保有加と踊る

<加藤みや子>
2020年2月29、3月1日、加藤みや子ダンススペース公演(俳優座劇場)で自作の『帰点』を踊る


《THE DANCE TIMES》選出月間ベストダンサーは、仲間の評論家をはじめとする多くの舞踊界の人たちとの噂話などに含まれた本音のところを参考にして、ダンス・タイムズ編集部で協議し、最終的に決めます。ひとつの公演からはベストの1件だけ、月間でひとりのダンサーをダブって選ぶことはしないというルールでやっています。

jpsplendor at 23:44公演情報

May 11, 2020

<田中泯>
2020年1月9日、《ダンス 田中泯−オドリに惚れちゃって!−》(東京芸術劇場・シアターイースト)で、自作の『形の冒険供櫂爛ムカ版』を踊る

<前田旺志郎、長谷川暢、山口将太朗、山根海音、吉裕哉>
2020年1月10日、KAAT DANCE SERIES 2019公演(KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ)で、山田うん構成・振付・演出『NIPPON CHA!CHA!CHA!』を演じ、踊る

<出演者全員>
2020年1月11日、新国立劇場バレエ団《ニューイヤー・バレエ》公演(新国立劇場・オペラパレス)で、クリストファー・ウィールドン振付『DGV』を踊る

<勅使河原三郎、佐東利穂子>
2020年1月16日、KARAS《アップデイト・ダンス No.67》公演(カラス・アパラタス)で、勅使河原演出『音楽の捧げもの』を踊る

<井関佐和子、中川賢>
2020年1月17日、Noism1+Noism0《森優貴/金森穣 Double Bill》公演(彩の国さいたま芸術劇場・大ホール)で、金森演出振付『シネマトダンス―3つの小品』より「夏の名残のバラ」を踊る

<永橋あゆみ、今井智也>
2020年1月18日、谷桃子バレエ団70周年記念新春公演(東京文化会館・大ホール)で、伊藤範子演出・振付『Fiorito』を踊る

<ジェフ・モーエン、奥山由紀枝>
2020年1月26日、I.O Dance Flame Project《I.O DANCE FLAME 2020》公演(東京・両国シアターΧ)で、モーエン振付『Last Breath』を踊る

<成田紗弥、山本雅也>
2020年1月30日、熊川哲也Kバレエカンパニー公演(Bunkamuraオーチャードホール)で、熊川演出・再振付『白鳥の湖』を踊る

<高田茜、平野亮一>
2020年1月31日、《輝く英国ロイヤルバレエのスター達》公演(昭和女子大学人見記念講堂)で、アサフ・メッセレル振付『春の水』を踊る

《THE DANCE TIMES》選出月間ベストダンサーは、仲間の評論家をはじめとする多くの舞踊界の人たちとの噂話などに含まれた本音のところを参考にして、ダンス・タイムズ編集部で協議し、最終的に決めます。ひとつの公演からはベストの1件だけ、月間でひとりのダンサーをダブって選ぶことはしないというルールでやっています。

jpsplendor at 23:20公演情報

May 04, 2020


笠井叡が《DUOの會》を行い、『犠儀』『丘の麓』『病める舞姫』『笠井叡の大野一雄』の4つのデュオを、川口隆夫と笠井瑞丈に踊らせた。笠井叡自身は振付と「語り」の役割で、踊ることはなかった。

笠井叡は、今年の1月にセルリアンタワー能楽堂で能楽師の津村禮次郎と『nevermore』を踊ったばかり。昨年1月には、世田谷パブリックシアターで《迷宮ダンス公演》を行い、黒田育世、近藤良平、笠井瑞丈、上村なおか、酒井はなといった豪華な顔ぶれをそろえて澁澤龍彦原作の大作『高岳親王航海記』を踊っている。その5月には国立劇場の特別企画公演《神々の残照》“伝統と創造のあわいに舞う”で、近藤良平、酒井はな、黒田育世、上村なおか、笠井瑞丈らを従えて“古事記祝典舞踊”と名付けた『いのちの海の声が聴こえる』を自作自演するなど、相変わらず全力投球の日々を送る。

80歳近くという年齢を少しも感じさせない笠井叡が客席最前列に座り、最初の『犠儀』が始まった。この作品は1963年、朝日講堂初演。19歳の笠井の死骸を、隠坊の大野一雄が焼くところを描いたものであることを、客席から立ち上がった彼が語った。川口隆夫が大野一雄を、笠井瑞丈が笠井叡を踊る。川口は、すでに今世紀初めには山田うんと踊り、2006年頃から白井剛と、2008年頃から岩淵多喜子、太田ゆかりらと、2011年には大野一雄舞踏研究所の面々と舞台を共にし、2013年には自作のソロ『大野一雄について』を披露しているベテラン。適切な人選だ。

笠井叡は、大野一雄との出会い、大野の踊りの特質を語り、同時に自分の舞踊人生スタートの頃の様子も観客に伝えた。日本の古典芸能の義太夫は、舞台の人形の動きに合わせて脇の台座に並ぶ太夫と三味線弾きが物語る。舞台の動きに「言葉」が合わさって演目の内容がはじめて観客に伝わる仕掛なのだ。笠井叡の力強く言い切る「語り」と舞台の川口隆夫と笠井瑞丈のデュオが義太夫の舞台に重なった。

私が笠井叡の踊りを初めて見たのは、1966年8月26日に銀座のガスホールで行われた《笠井叡処女璃祭他瑠(リサイタル)》だった。彼はお母さんの弾くオルガンの調べに乗って『磔刑聖母』『母装束』『龍座の森』などを、高井富子と踊った。細身の肉体から繰り出される、見たこともないとげとげしい動きの奔流が印象に残る。このリサイタルを、土方巽に勧められた澁澤龍彦が見ていた。笠井は、それから53年後の2019年に上演した『高岳親王航海記』で高岳親王を演じ、巨大なベンガル虎を退治したりの大暴れを見せ、最後はパイプをくわえた原作者の澁澤になって幕を下ろす。半世紀の時の経過が心にしみた。

次の『丘の麓』は、1972年に青年座で初演したもの。笠井叡と大野一雄が踊る当時のぼやけた映像を見せ、その前でドレス姿の川口が大野一雄を、洋式の軍服姿の笠井が笠井叡を踊り、王家の愛の物語を繰り広げた。ここにも笠井の「語り」が入り、彼と大野一雄との間にあった「日常」とそこで伝えられたであろう動きの神秘を浮かび上がらせた。

『病める舞姫』は、2002年にスパイラルホールなどで行われた《JADE2002 舞踏サミット・土方メモリアル》でのもの。大野一雄が車椅子で笠井叡と踊った。二人を取り囲んで喝采する観客も見える当時の映像を、川口と笠井瑞丈がていねいになぞる。ここでの「語り」は、当時の情景を控え目に説明するものだった。

最後は新作『笠井叡の大野一雄』。これもデュオで、大野一雄・笠井叡を踊った若い二人の実力を示す舞台となった。日本の古典芸能では、親が子に自分の「芸」を伝承する。子は親のものを受け継ぎ、それに自分のものを足して新たな名跡を創る。笠井叡も自分の作品を息子の瑞丈に渡してきた。例えば、2017年にシアタートラムでやった『花粉革命』だが、この作品は笠井叡が日本各地、アメリカ、フランスなどで上演してきた大事な一本。それを息子の笠井瑞丈が踊った。その時の笠井叡とのカーテンコールは、日本の古典芸能の「代替わりの口上」を思わせた。

笠井叡が踊らない《DUOの會》は、内容豊富な「笠井叡、舞踏一代記」となった。この舞台は、今年の1月8日に81歳で他界した少し年上の盟友、大野慶人に捧げられた。

(山野博大 2020/3/27 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ)

jpsplendor at 18:02舞台評

May 03, 2020


東京バレエ団が、ピエール・ラコット版『ラ・シルフィード』を4年ぶりに再演した。芸術監督の斎藤友佳理がステージングを担当し、タイトル・ロールを沖香菜子(21日)と川島麻実子(25日)が踊った。私は沖の日を見た。

幕が上がると、農家の居間で居眠りしているジェイムズ(秋元康臣)にラ・シルフィードが寄り添うおなじみの場面。白いロマンティック・チュチュの沖の軽やかな妖精ぶりがまず目に焼き付いた。1984年に東京バレエ団がラコット版『ラ・シルフィード』を初めて上演した時にタイトル・ロールを踊り、2005年にマチュー・ガニオとの歴史的名演を残した斎藤友佳理の指導による舞台は、エフィー(秋山瑛)との結婚を目前にしたジェイムズの身に降りかかった「異変」を、手際よく物語るものだった。そこには、魔女マッジ(柄本弾)の不吉な占いの場面があり、ジェイムスとエフィーの間に割って入るラ・シルフィードの変幻自在ぶりなどの見せ場があった。それらを囲む、結婚を祝う客たちを踊った東京バレエ団の厚みある群舞がラコット版の特徴を際立たせた。

『ラ・シルフィード』は、1832年にフィリッポ・タリオーニの振付、ジャン・マドレーヌ・シュナイツホーファーの音楽により、マリー・タリオーニの主演で初演され大評判になったバレエだ。その評判を聞いたデンマーク王立バレエ団が上演を意図し、振付、音楽の使用許可を申し込んだ。しかし断られてしまったために、オーギュスト・ブルノンビルの振付、ヘルマン・ロヴェンショルドの音楽による独自の『ラ・シルフィード』をルシル・グラーンの主演で1836年に上演することになったのだ。その後、タリオーニ版はなぜか上演されなくなってしまったが、ブルノンビル版は世界のバレエ団に伝えられ、今ではロマンティック・バレエの代表作となっている。

100年以上も忘れられていたタリオーニ版の復活をパリ・オペラ座が計画した。再現を依頼されたピエール・ラコットは手を尽くして資料を収集し、1972年にシュナイツホーファーの音楽による復活上演を果たした。このフィリッポ・タリオーニ原案によるラコット版を、東京バレエ団は1984年にレパートリーに加えたのだ。

日本ではブルノンビル版が主流で、ラコット版をレパートリーに持つのは東京バレエ団だけだ。音楽はまったく別物なのだが、舞台の進み具合や衣裳はそっくりなので、さほどの違和感なく両方の版を見ることができる。しかし、ラコットの再現したものは20世紀のバレエの仕組みが背景にあり、語り口がいかにも流暢だ。19世紀のものを引き継ぐブルノンビル版の持つ素朴な感触からはやや遠い感じがある。第2幕のコール・ド・バレエの複雑な動きの流れにもその違いは、そっくりそのまま引き継がれる。

私は、2017年に来日したパリ・オペラ座バレエ団(芸術監督:オレリー・デュポン)の、ラコット版『ラ・シルフィード』を、アマンディーヌ・アルビッソンのラ・シルフィード、ユーゴ・マルシャンのジェイムスで見た。その時にアルビッソンのいかにも妖精らしい「軽さ」、マルシャンの時代を感じさせる確かな演技に、これぞロマンティック・バレエという感触を得た。シュナイツホーファーの作曲をアドルフ・ヌーリが編曲した音楽は、ブルノンビル版のロヴェンショルドよりも多彩な情景を描いていた。しかし、フランスで生まれたロマンティック・バレエ『ラ・シルフィード』の歴史的な持ち味は、ラコット版よりも、ブルノンビル版の方により多く残っているという実感はゆるがなかった。ラコットは、タリオーニの原案をいろいろと調べて復活上演したのだが、彼自身が生きている「今」を排除することはできなかった。

こんどの斎藤友佳理のステージングは、彼女自身がロシアのバレエ界で育っただけに、どこかに「ロシア風」を感じさせた。冒頭のジェイムスに寄り添う沖のポーズの美しさは、間違いなくロマンティック・バレエのものだった。しかし秋元の思い切りのよい動きは鮮やかなロシア風。ラコットが作った「今」を感じさせる第1幕の群舞のシーンあたりになると、その感じはいっそう強くなった。斎藤は、2011年にラコットがモスクワ音楽劇場バレエに『ラ・シルフィード』を指導した際に、助手として働いたキャリアを持つ。ラコットが『ラ・シルフィード』についてどう考えているかを知らないわけはない。彼女はその経験を踏まえ、自らのキャリアを賭けて独自の世界を舞台上に出現させたのだ。今の時代、ロシア風、フランス風の違いを前よりも厳密に区別しなくなっている。彼女は、フランス、ロシアに日本の舞踊の持つ細やかな情緒も加味して、東京バレエ団ならではの『ラ・シルフィード』を創った。第2幕のラ・シルフィードとジェイムスのパ・ド・ドゥを中心に広がる妖精の飛び交う別世界には、斎藤友佳理ならではの緻密な舞台づくりの極意が見えた。ラコット版の最後、マッジの魔法のショールにからまり命を失ったラ・シルフィードの遺骸が天上に飛び去り、打ちひしがれたジェイムスが倒れ伏す。このブルノンビル版よりも簡潔な幕切れには、しみじみとした余韻が漂い日本の能の諦観に通ずるものがあった。

(山野博大 2020/3/21 東京文化会館 大ホール)

jpsplendor at 18:03舞台評

April 09, 2020


加藤みや子ダンススペースが新作『帰点』を上演した。加藤は、アフロ・ジャズダンスの第一人者、森嘉子のところで舞踊をはじめている。森は当時、日本の現代舞踊を代表するソロの名手、彭城秀子の門下だった。しかし森は、加藤の教育を藤井公・利子夫妻に託してアメリカへ。加藤は藤井夫妻のところで才能をのばし、1966年頃から東京創作舞踊団公演で藤井公作品の主要パートを踊るようになる。文化庁の在外研修で新しい舞踊の動向に触れ、1977年、29歳で加藤みや子ダンススペースを立ち上げ、独自の舞踊を探し始める。

70年代の日本の舞踊界をにぎわせたポスト・モダンダンスをはじめ、加藤は新しい舞踊表現の方法を探し続け、『白い壁の家』(1992年)、『植物の睡眠』(1997年)、『点と遠景とカンタータ』(2002年)、『笑う土』(2007年)、『赤い土』(2010年)、『あなたについていく』(2017年)などの佳作を残してきた。

『帰点』は、加藤が異色の彫刻家、金沢健一と出会ったことでできた作品だった。冒頭、シモ手に立つ金沢が空色に輝くガラス玉をテーブルにこすりつけて発する不思議な「音」が聞こえてきた。中央の大テーブルの上に加藤が立ち、それに反応した。金沢の美術、音響と、加藤みや子ダンススペースの踊りとの融合反応が『帰点』を生んだ。

金沢は、鉄、ステンレス、アルミニウムなどの金属を使って作品を創る造形作家だ。そこで使う金属が発するさまざまな「音」も作品の一部なのだ。加藤が立っていた大テーブルの金属の表面に置かれた多数のボールが、またさまざまな「音」を発し、ダンサーの肉体を刺戟した。西名糸江、立花あさみら、加藤みや子ダンススペース創立以来の古参の面々がテーブルを囲んでボールをもてあそび、男性トップの木原浩太がその下から這い出して踊りに加わった。舞台に奥行きを与える斎藤香の照明が、時の経過を作り出し、その中で創立40年超の加藤みや子ダンススペースのベテランから若手までが自分の踊りをやり切った。ひとつの型にはめ込まない加藤のダンス教育の成果を示すにぎやかな世界が、いろいろな形で金沢の「作品」と関わった。しっかりと区切りをつけて場面をつなぐダンスの積み重ねが生み出す快適なリズム感が『帰点』の空間を広げて行った。

ダンスを堪能したところで、オープニングの加藤と金沢のやりとりを思い出させる場面があり、彼女のソロとなった。これまで見てきた加藤の諸作品でも同様の場面があり、エンディングを迎えたことが思い出された。彼女は少女時代からソロに生きる「ダンサー」だった。師の藤井夫妻が主宰する東京創作舞踊団で、何度も主役のソロ・パートを踊った。また最近では、森嘉子との共演の機会をいろいろと作り、そこで森の他をよせつけない独特の風格に、自分のダンスを対置することも試みている。加藤は「記憶に刻まれた帰点を探す。鉄のテーブルに話を吐き出して…。〈中略〉でもあるのは今、この時だけ」とダンス・ノートに記す。彼女は永年積み重ねてきた舞踊的蓄積を、金沢の「音」を触媒に使って最後のソロに凝縮し、今の自分をさらけ出した。

(山野博大 2020/2/29 俳優座劇場)

jpsplendor at 22:37舞台評
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