October 22, 2016

黒沢美香&ダンサーズ プレゼンツ 《家内工場 第17回 遠泳》 「太陽」「30年」

黒沢美香&ダンサーズが普段稽古に使っているスタジオクロちゃんを会場にして、次々と作品を発表する《家内工場》シリーズ。第17回目となる今回は、6月から10月まで全13回にわたり様々な作品が上演された。このダンサーたちを従来の基準で測れば、全員がダンスの技術や身体性が高いわけではない。しかし、年齢も職業も、ダンスの経験も様々である彼女、彼らには、共通してダンスへのひたむきさ、嘘のない潔よさ、それぞれがユニークな個として存在しながら互いを尊重する、存在の清らかと確かさがある。それは、ダンサーズを率いる黒沢美香の鏡像でもある。私は見るたびに、“汚れちまった”自分を思い知り、嫉妬さえ覚えるのだ。それでもダンサーズは、私のようにテイタラクな人間を拒絶することなく鷹揚に受け入れ、毎回渾身の作品を見せてくれる。



今回のシリーズで拝見できたのは、828日の「太陽」(大崎晃伸、宇佐美とよみ)と、917日の「30年」(黒沢美香、バイオリンの太田惠資)である。「太陽」は、シンプルにして厳選された動きが訥々と続き、無為のダンスゆえに神々しささえ感じた。金色に燦燦と輝く太陽ではなく、純度高く炎を燃やす白い太陽である。

 もう一作の「30年」は、1987年に始まり50回も繰り返された「船を眺める」シリーズの共演者、黒沢美香と太田惠資の、21年ぶりの邂逅である。30年前、ダンスと音楽による実験的な公演をstudio200や渋谷ジャンジャンで続けた二人だが、ある時からぷつりと音信不通になったのだという。二人の30年前の熱い思いと、21年間それぞれに積み重ねた時間が、再び出会ったのだ。

 スタジオでは立ち見も含めた満員の観客が、二人の登場を待っている。音もなく、スッと客席の背後に現れた黒沢の、髪を後ろに束ねた美しい横顔と、静かな集中力に息を呑む。二人は中央に歩み出るが、黒沢はなかなか動きださず、太田もバイオリンを弾こうとはしない。黒沢の微かな動きに反応して、太田は顎で挟んだバイオリンに弓を近づけるが、弦に触れることなく動きは宙を切る。二人の30年が、それぞれ積み重ねてきたダンスと音楽に対する思いが、そうそう簡単に滑らかなフレーズに収まったり、美しい音色を響かせるわけがない。二人は互いに全身を感覚器官にして、相手の動きに耳を澄まし、まだ鳴らぬ音に目を凝らす。黒沢はミニマルな動きを続けながら、スタジオと自分のからだの関係を確認するように、判を押すように移動する。床に寝転んだまま、ポンッと両脚を挙げて壁のバーにかけた距離の確かさ、隅に近づき、窓から差し込む日差しに顔を向けるときの角度の自然さなど、黒沢が幼いころから過ごしたスタジオが、まるで身体の一部であり、包み込む家であるかのように息づいている。

 太田のバイオリンがようやく音を出し、短いフレーズが生まれるようになると、黒沢はさらに全身を耳にして音を聴く。音を拾い、音にならない動作と思いを掬い取り、からだを満たしていくのだ。と、そのとき、右脚を後ろに伸ばして上体を前へ傾けていた黒沢の両手が、たおやかに両耳に引き寄せられ、右脚がフッと曲がった。バレエのパに例えるなら、パラレルのアティチュード。でも、この時の黒沢には、そのようなフォルムを作ろうとか、何らかのポーズで「聴いている」様子を表現しようといった意識はなかったはずだ。両手が、右脚が勝手に動いてしまい、その動きの質感とフォルムがダンスになったのだ。ダンスが生まれた瞬間である。そして、二人の動きと音の交換は続き、21年間の空白が満たされ、現在へと繋がった。

私はこのような、ダンスが生まれる瞬間をこよなく愛し、見たいと切望しているが、それはめったに訪れない。数年に一回だろうか。この前見たのは・・・、やはり黒沢美香による《薔薇の人》第16回〈メリー・ジェーン・オン・マイ・マインド〉(20141月、両国門天ホール)のときだ。黒沢が床に座って、チューブやら色水やら小道具を淡々と移動させるタスクを行っていた時、そのシンプルな動きの反復から自然とフレーズが生まれ、意思を超えたからだの動きが“ダンスになった”のである。その瞬間は、混じり気なく、黒沢美香=ダンス、だった。あの至福の瞬間は、見たものでなければ分かるまい。いや、私の勝手な思い込みかもしれない・・・と、思っていたのだが、昨年だったか、直接、黒沢に尋ねてみたところ、間違いではなかった。やはり、あのダンスが生まれる瞬間を追い求めていたのだそうだ。

その時、その人にしか生み出すことのできない全身ダンス。それを見る至福の時を味わいたくて、また黒沢美香のダンスに通う。次はどんなダンスが生まれるのだろうか。(稲田奈緒美 2016/9/17 15:00 スタジオクロちゃん)



inatan77 at 11:14舞台評 
記事検索