December 06, 2011
藤田佳代舞踊研究所：寺井美津子モダンダンスリサイタル��
藤田佳代舞踊研究所の寺井美津子がモダンダンスリサイタル�靴鮃圓辰拭�
この研究所では、トップクラスの人たちに持ち回りでリサイタル開催の機会を与え、次代を担う舞踊作家の育成をはかってきた。リサイタルの開催には、研究所が総がかりでバックアップする態勢が整っているのだ。
寺井美津子は、すでに1999年７月31日に第１回のリサイタルを神戸・朝日ホールで、2005年12月23日に第２回を新神戸オリエンタル劇場で経験している。そして今回は年末恒例のルミナリエで賑う三宮中心街にある朝日ホールでの開催となった。
６年ぶりの今回は、まず金沢景子、菊本千永、かじのり子、向井華奈子らとの共作で『一歩また一歩』を、次いで自作の『はないちもんめなんて大きらい』『埋み火』『歌わない鳥』を並べ、最後に師匠の藤田佳代創作の『今日のこの空ほしいひと 最初はグー』を置いて、プログラムを組んだ。
オープニングの『一歩また一歩』は、バロック・ヴァイオリン奏者の佐藤泉が弾くバッハの「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第１番」によって踊られた。流麗なヴァイオリンの音が流れているのだから、ダンサーだったらしぜんにからだが動き出してしまうところだ。しかしセンターに立つ寺井は、その一歩をなかなか踏み出せなかった。４人、２人と踊る人数が増えてきても、歩みは遅々として進まない。これは大きな災害に襲われて思考停止の状態に陥っている今の日本列島の状態を示しているのだろう。しかしいつの間にか一歩が二歩に、さらに全体が先へと進みはじめる。
次の『歌わない鳥』は９人のダンス。ライヒの「トリプル・カルテット」という繰り返しの多い音楽を使った。ひとりひとり異なった黒い線の模様が見えるシルバーのタイツ姿の鳥たちが群れていた。しかし彼らは「歌わない」。「歌えない」のだ。彼らには「歌える」ような空がないのだった。これも今の日本の状況の描写だ。しかしここでも最後に鳥たちは歌いだす。
『はないちもんめなんて大きらい』は、子どもの心理を描いたものだった。ひとりで「はないちもんめ」と歌う子どもの周囲にしだいに人の輪ができてくる。しかし時が経ってみると、そこにはまたひとり残された自分だけが…。それは、楽しかった「はないちもんめ」が大きらいになる瞬間だったのだろう。ひとりひとり異なった格子縞のシャツを着たダンサーたちを無理なく動かして、遊ぶ子どもたちの心の奥底の痛みを描いた。
『埋み火』は、白い灰の中に埋もれていた小さな火（寺井美津子）が、少しづつ火勢を盛り返し、ついに大きく燃え上がるまでの状況を周囲に５人のダンサーを配置してたんたんと描いた作品だった。長い白っぽい上着の下からピンクのタイツの足先がちらりと見える衣裳（藤田啓子、工房かさご）が、灰に埋もれた小さな火のようにも見える。簡潔な動きの繰り返しで、燃え上がる火と周囲にふんわりと広がる灰の様子を見せた。気張ったところを微塵も感じさせない振付は、平静に自然をみつめていられる精神の在りようを示すものだったと思う。近藤ヒロミのアフリカ民族楽器を使った生演奏が、和風の火鉢の中にひっそりと収まる炭火の情景にぴたりと同調した。
最後の『今日のこの空ほしいひと 最初はグー』は藤田佳代の振付だった。いきなり客席最前列から子どもたち６人が舞台にとび上ってにぎやかな三味線の演奏に乗って勢い良く踊る。次いで黒い衣裳の７人、白い衣裳の７人と動きの量と質を高め、最後に空色の衣裳の寺井がひとり中央に登場してくる。フィナーレにふさわしい大群舞を段取りよく完成させて、このリサイタルの主役が寺井美津子であることを観客に改めて印象づけた藤田の配慮は、すぐさま満場の大きな拍手となって返ってきた。
３回目となる寺井の成長ぶりがはっきりと見えたリサイタルだった。まず全体のプログラムの組み方が良かった。個々の作品に使う動きの質を慎重に選んでバランスをとっていたし、音楽の使い分け、衣裳の色づかいや材質の違いにも、周到な配慮があった。
藤田佳代舞踊研究所では、創作実験劇場という創作の勉強会もやっていて、ここで創作をいろいろと試してみることもできるし、リサイタル用の作品を作りためることもできる。今回の『埋み火』は2008年３月の、『歌わない鳥』は2010年３月の、創作実験劇場で初演されたものだ。このように藤田佳代は長い時間をかけて、寺井美津子、金沢景子、菊本千永、かじのり子らの舞踊作家を育て、世に送り出してきた。来年の11月10日には、次に続く向井華奈子の、神戸オリエンタル劇場でのリサイタルが予定されている。
客席には、さまざまな年齢層の人たちがいて、拍手を送っていた。日本における舞踊の会では、若い女性の観客が多いのが普通だが、藤田の会では、男性（それも中高年の）観客がかなり目立つ。長く見ていますといった感じの人が多いのだ。安定した固定客に支えられている客席の落ち着いた雰囲気は良いものだ。そんな客席の休憩時間に、兵庫県知事と神戸市長からの長文の祝電が披露されていた。神戸では、舞踊芸術が地域の行政の視野に入っていることを感じた。（山野博大 2011/12/03 17:30 神戸朝日ホール）
