February 22, 2011

ダンス・タイムズが選ぶ 【2010年ベストパフォーマンス&アーティスト】

2010年も様々な舞踊公演が行われました。バレエ、モダン、コンテンポラリー等々、ジャンルを問わず鑑賞した中で、ダンス・タイムズのライターが、最も心に残る公演とアーティストを選びました。2011年も素晴らしい舞台に出会えることを祈りつつ…。

◆山野博大

【ベストパフォーマンス】
1.『牡丹亭』坂東玉三郎・中国蘇州昆劇院合同公演(10月6日/赤坂ACTシアター)
2. FESTIVAL TOKYO『SKINNERS 揮発するものへ捧げる』勅使川原三郎(11月27日/東京芸術劇場)
3.『アポクリフ』シディ・ラルビ・シェルカウイ(9月5日/オーチャードホール)
4.『Max マックス』バットシェバ舞踊団 振付=オハッド・ナハリン(4月17日/彩の国さいたま芸術劇場)
5.『心地よく眠るアリス』他 川口節子バレエ団(10月13日/愛知県芸術劇場)

今年は、内外共に質の高い公演が多かった。そんな中で坂東玉三郎の『牡丹亭』での演技が、私にはひときわ奥行のある優れたものと感じられた。中国の伝統的な作品でありながら、この舞台は彼の美しさがすべてであり、他の出演者を圧倒した。夢の中で出会った男性に恋をし、恋わずらいで死ぬ美女の話をゆったりと演じ、見る者に時の流れを忘れさせた。日本の役者のレベルの高さを国際的に示した舞台だった。2008年に京都の南座でもやっているが、今回はその時以上の仕上がりだった。2011年冒頭のルテアトル銀座での『阿古屋』で、琴、三味線、胡弓を弾き終えて立ち去る前に切った見得の貫禄は、他の追随を許さないものであったことも書きくわえておこう。

勅使川原三郎は、11月の『SKINNERS 揮発するものへ捧げる』で、高い創作レベルを2010年も維持していたことを示した。佐東利穂子、勅使川原三郎ら5人のダンサーの動きは、多彩な変化を伴う分厚い仕上がりで、彼のダンスのスケールの大きさを感じさせた。最後に舞台下手のそでに垂らした大きな幕を風にあおらせて心に響く結末をつけ、ダンス以外のところでも舞台づくりの技をいろいろと持ち合わせていることを見せつけた。

シェルカウイの舞踊の枠を拡張した舞台づくりから流れ出した知的な感動、ナハリンのエネルギッシュな人間讃歌は、舞踊を見る仕事をしていることの幸せをしみじみと感じさせるものだった。名古屋の川口節子の、自分流を貫いた人間味豊かな風景の描写も深く心に残った。彼女の『心地よく眠るアリス』は再演。娘を亡くした母親の心情を描いたものだ。舞台いっぱいに洗濯物がはためく先に、駆け去る娘の姿がちらちらと見え隠れしている。それを母親がどこまでも追って行く。これは死んだ我が子への想いを川口流に描いたシーンだった。次の場では、洗濯物のすべてが墓石の列に変わっている。大勢のあの世の人たちのまん中で幸せそうに踊る娘の姿が見える。そこで母親は、ようやく娘のあの世への旅立ちを認めようという心境に達するのだ。死の世界の住人たちがおだやかな笑みをたたえつつ、連れ立ってセリを降りて行くシーンでは、荘厳の気が漂った。

【ベストアーティスト】
1.首藤康之を相手に『The Well-Tempered』を、熊川哲也を相手に『Les Fleurs Noirs』などを幅広く踊った中村恩恵
2.チャイコフスキー記念東京バレエ団の『オネーギン』でタチヤーナを踊った斎藤友佳理
3.舞踊生活50周年記念公演で『Mack The Knife』他を踊った名倉加代子
4.スターダンサーズ・バレエ団のチャリティ・ガラ公演で、ポルーニンと『グラン・パ・クラシック』を、ボネッリとマクミラン振付の『コンチェルト』パ・ド・ドゥを踊った小林ひかる
5.舞・梅津貴昶の公演で、新作『木花咲耶姫』の美術を担当した朝倉摂

個人の活躍では、まず中村恩恵をトップに推す。3月のアンサンブル・ゾネ:ダンス公演(シアターχ)で岡登志子らと『Fleeting Light〜つかの間の光』を、やはり3月のセルリアンタワー能楽堂セルフプロデュース《伝統と創造シリーズ》(セルリアンタワー能楽堂)で、能の津村禮次郎とアレッシオ・シルヴェトリン振付の『手の詩』を、8月の高円宮殿下記念ローザンヌ・ガラ2010(青山劇場)で首藤康之と『The Well-Tempered』を、8月の熊川哲也:K-BALLET COMPANY《New Pieces》(赤坂ACTシアター)で熊川哲也と『Les Fleurs Noirs』を踊った中村恩恵の、相手しだいでいかようにも対応するダンスの間口の広さには感心した。能の津村との出会いは、ジョルジュ・サンドの書簡を謡の詞に使ったショパンの伝記だった。津村が脇を受け持った。シテの中村は、黒装束に白足袋でショパンのメロディーを舞い、最後は黒のうちかけに面をつけてショパンの最後を演じた。シルヴェストリンの能に対する造詣の深さもさることながら、中村の状況を心得た場の対応ぶりはみごととしか言いようがなかった。

5月のチャイコフスキー記念東京バレエ団公演の『オネーギン』(神奈川県民大ホール)でタチヤーナ役を踊った斎藤友佳理は、こまかく考えつくした演技で緻密に役を作り上げた。ラストの激情シーンは、クランコの振付を超えて斎藤が独自に役を創造したものだった。

11月の名倉ジャズダンススタジオ第19回公演《CAN'T STOP DANCIN' 2010》&名倉加代子舞踊生活50周年記念公演(青山劇場)で踊った名倉加代子は、今なお日本ジャズダンス界のトップに立つ人。まずピエロ姿で登場し、その途中に入れた映像でこれまでの舞台姿をごく控え目に披露した。そして『Mack The Knife』『Is You Is Or Is You Ain't My Baby』、自作の歌詞による『This Is The Moment』を踊り、全員を率いてのフィナーレとあわせてつごう5回も登場し、元気なところを見せた。

小林ひかるの『グランパ…』のシャープさ、『コンチェルト』の柔らかさは、ただものではない。これから先、要注目の人材だ。そして『木花咲耶姫』の美術を担当した大ベテラン朝倉摂ののびのびとした仕事ぶりには、改めて敬服した。背景に巨大な桜の老木を描き、その中央を割って梅津貴昶が登場する。舞台いっぱいに鮮烈な空気が漂ったのは、梅津の演技もさることながら舞台美術の働きだった。


◆稲田奈緒美

【ベストパフォーマンス】
・『ビントレーのペンギンカフェ』新国立劇場バレエ団(11月3日/新国立劇場)
・ FESTIVAL TOKYO『SKINNERS 揮発するものへ捧げる』勅使川原三郎(11月27日/東京芸術劇場)
・『Max マックス』バットシェバ舞踊団(4月15日/彩の国さいたま芸術劇場)

【ベストアーティスト】
・鍵田真由美『desnndo』(鍵田真由美・佐藤浩希フラメンコライブvol.7 8月)
・Kバレエ カンパニー 浅田良和(11月『白鳥の湖』のジークフリード)
・東京シティバレエ団『くるみ割り人形』(12月)の人形を踊った、ちびっこダンサー3人

時間がたつにつれて記憶が薄れていく中で、今でも脳裏に焼き付いている、作品のある瞬間やダンサーの輝きなどを含むものを選んだ。新国立劇場バレエ団は、観客を楽しませるために全力を投じるプロ意識が発散されて舞台と観客が一体になり、リズムに乗って楽しめた公演。勅使川原の作品には、忘れ難い一瞬の時間のゆらぎ、空間の広がりなど、他では味わえない永遠なるものの訪れがある。バッドシェバ舞踊団は、優れたダンサーが踊り込んで振付を越えたところに生じる、身体の根源的な力が見られた。鍵田真由美は、クールな表面に閉じ込めた感情が内部で渦巻き、臨界点を超えたところで表出するような、抑制的な強さと美しさがある。浅田良和をここではあげたが、その他にも、福岡雄大、秋元康臣など、近年は力技に頼らずバレエの基礎を極めることで美しい技術を獲得した男性ダンサーの台頭が目立つ。東京シティバレエ団のちびっこたちは、大人顔負けの演技力。人形役の3人が際立ったが、その他の子どもたちも踊る喜びを全身に溢れさせ、暖かく生き生きとした舞台を創りあげた。


◆隅田有

【ベストパフォーマンス】
1.『うたかたの恋』英国ロイヤル・バレエ団(6月24日/東京文化会館)
2.『オネーギン』東京バレエ団(5月15日/東京文化会館)
3.『オイディプス王』山の手事情社(9月2日/アサヒ・アートスクエア)

1.マクミラン振付の本作は、ルドルフ皇太子と愛人マリーの情死の顛末をバレエ化したもので、何よりも作品に力がある。全3キャストを見た中、24日に主演したエドワード・ワトソンの、怒りと不信と甘えが混在したルドルフが、真に迫り胸を打った。
2.東京バレエ団が日本のバレエ団として初演。3キャストが競演した。斎藤友佳理、木村和夫のペアが群を抜いていた。ドラマチックな作品を好んで演じる斎藤にとっては集大成であり、木村は演技の幅を大きく広げた。「社交界の寵児」のようなタイプでない木村だが、彼の持ち味に役を引きつける事で「オネーギン」という役柄の幅をも広げた感がある。
3.シビウ国際演劇祭凱旋2本立て公演のその1。初演は2002年。黒マントの「運命」たちの暴力的な殺陣や、コントロールの利いた身体が、迫力満点であった。筆者は、演じ手が感情にまかせて暴走することを許さない、制約の多い身体から、ふと立ち上がる情感やドラマに惹かれる傾向にあるようだ。

【ベストアーティスト】
1.上野水香
2.小野絢子
3.レオニード・サラファーノフ

転換期にあると思われるダンサーを3人挙げた。上野はこれまで、手足の長さや良く上がる脚への注目が大きかったが、1月の『ラ・シルフィード』で殻を破った。「生物と無生物のあいだ」に位置する掴み所のない不思議なチャームは、他に類を見ない。ポーズとポーズを意識して繋ぎ、2次元ではない立体的な踊りを見せた点も高く評価したい。2010年は調子に波があったように思われ、その点が多少気にかかる。新国立劇場の小野は『カルミナ・ブラーナ』の「フォルトゥナ」でイメージを一新した。このところ主演続きで勢いがある。サラファーノフも上野のように、テクニックが目を引くダンサーであったが、10月の『ボリショイ・マリインスキー合同ガラ』の『タランテラ』で新たな一面を見せた。観客に訴えかけ、積極的に舞台を楽しむ姿勢に、世話物の若旦那のような人情味があった。来シーズンからレニングラード国立バレエに移籍するとのニュースが聞かれる。マリインスキーを離れることに寂しさを覚えるが、新たな職場でも活躍して欲しい。

他に福岡雄大(新国立劇場)と佐伯知香(東京バレエ団)も心に残る。福岡は丁寧な踊りに清潔感がある。5月の『カルミナ・ブラーナ』の神学生1ではキザな一面も見せた。佐伯は伸びやかな踊りと高い技術で、テクニックの充実期を迎えているようだ。また『ロミオとジュリエット』におけるアリーナ・コジョカルが、予想を遥かに超えて愛らしかった。コジョカルは現役最高のジュリエットの一人だろう。

最後に、東銀座の歌舞伎座が改装の為、2010年4月を持って取り壊されたニュースに触れたい。かつてはバレエのリサイタルにも使われたこともあったという。劇場の隅々まで舞台の感動が染み込んだ、かけがえのない場であった。


◆吉田 香

【ベストパフォーマンス】
1.『南国からの書簡』 「薔薇の人」黒沢美香・高野尚美編(9月28日/d-倉庫)
2.『白鳥の湖』および『くるみ割り人形』オーストラリアバレエ団(10月11日・16日/東京文化会館)
3.『ポリティカル・マザー』ホフェッシュ・シェクター(6月27日/彩の国さいたま芸術劇場)

1.最もニンマリしてしまった公演。ベテラン二人の真剣なおふざけにノックアウトされた。振付け、音楽、メイクにかつらと、細部まで良く練られている。いつまでも妥協を許さず、挑戦し続ける姿勢は、他のアーティストの刺激になる。
2.『白鳥の湖』『くるみ割り人形』ともに、リフト続きのアクロバティックともいえる振付にも関わらず、大人なダンサー達が質の高いドラマに仕上げている。これぞ、というバレエ団の代表作を自信と余裕を持って演じており、バレエ団自体が充実期を迎えている雰囲気が漂っていた。
3.シェクターが振付も作曲も担当しており、全体的に練りに練って作りこんでいるのが明らか。作品に対する情熱がひしひしと感じられた。特に阿波踊りのような独特の振付け、スムーズかつ鮮やかな場面転換が印象的だった。

【ベストアーティスト】
1.アリーナ・コジョカル
2.黒沢美香
3.名倉加代子
4.ウリヤーナ・ロパートキナ

1.役がのりうつったかのようなジュリエットは非の打ちどころがない。2010年で最も心を揺さぶられた踊りだった。
2.上記『南国からの書簡』など、個性と知性全開に突っ走るベテランの姿に感動した。
3.古希を迎えてなお、手放しで格好いい。プロとしての舞踊生活50周年公演でも4曲をパワフルに踊り、良い意味での怪物ぶりを披露した。
4.ボリショイ&マリインスキーガラで「ダイヤモンドのパ・ド・ドゥ」や「ファニー・パ・ド・ドゥ」などを踊った。余裕綽々のパフォーマンスと見るものがひれ伏してしまうような圧倒的なオーラには一票入れざるを得ない。



jpsplendor at 21:21舞台評 
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