舞台評
December 26, 2020
松山バレエ団の『くるみ割り人形』は、序曲のところでシュタールバウム家の玄関先の様子が、長い時間をかけてたっぷりと描かれる。クララ(森下洋子)らが外に出てクリスマス・パーティーにやって来る客たちを迎えるのだ。ドロッセルマイヤー(鄭一鳴)もそりに乗って雪道をやってくる。大勢の出演者を使って場面をこしらえることが多い演出・振付の清水哲太郎が、その特長をまず最初の場面で見せた。
クリスマス・ツリーが飾られたパーティー会場は大賑わい。客たちの踊りがあり、ドロッセルマイヤーが、ヨーゼフ人形(本多裕貴)、クラウス人形(垰田慎太郎)、ブリギッテ人形(岡村由美子)を踊らせて子どもたちを楽しませる。ドロッセルマイヤーからくるみ割り人形をもらってクララは大喜び。しかしそのうちにクララは眠くなってしまう。
クララの夢の中で、くるみ割り人形(大谷真郷)と玩具の兵隊たちとねずみの大軍の戦争が始まる。このあたりも清水哲太郎の演出は大勢のダンサーを使い、両者の戦いは一進一退。ついにくるみ割り人形とねずみの王様(垰田慎太郎)の決闘となる。あわやというところで、クララはねずみの王様にスリッパを投げつけ、くるみ割り人形が勝つ。クララと、くるみ割り人形が変身したアマデウス王子は、雪の女王カタリナ(石津紫帆)と雪の天使たち(藤原夕子、鎌田美香、鈴木彩ら)に見送られて玩具の国を目指す。
清水哲太郎版『くるみ…』最後のディベルティスマンでは、大谷真郷の慎重なサポートを受けて森下が大勢のダンサーの中心にぴたりと収まった。河合尚市指揮の東京ニューフィルハーモニック管弦楽団の演奏が、森下の演技のテンポをしっかりとフォローした。
(山野博大 2020/11/15 東京文化会館 大ホール)
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伊藤キムと森下真樹が太い赤紐を担いで登場。それを結んで舞台中央に置き、シモ手の伊藤、カミ手の森下が、バイオリンの独奏曲を聞きながら一節づつ踊りをつないで行く。さらにバイオリンのメロディーを口ずさみながら踊る。しだいに現れる即興の歌詞が笑いを誘う。どこまで行っても、さらに次を見たくなるみごとなやりとりだった。
休憩の後、伊藤のチーム6人と森下のチーム5人の群舞となる。長い静止の後に少しづつ動きが現れ、しだいに加速する。みごとな群舞展開だ。しかし前半のデュエットと較べると、どこか物足りない。振付はさらに複雑なものとなり、動きの展開はおもしろさを増して行く。しかし、物足りなさは最後まで解消することはなかった。先に伊藤と森下のやりとりがなく、この群舞だけ見たら、十分に満足したと思うのだが…。
(山野博大 2020/11/13 東京芸術劇場 プレイハウス)
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December 14, 2020
December 06, 2020
《CITY BALLET SALON》は、次の時代に作品を残すことを目指して、2011年2月に第1回を行った。第9回となる今回は、振付者として数々の実績を残す大ベテラン石井清子が2002年5月の《ラフィネ・バレエコンサート》で初演し、以後も何度か上演されてきた『ノスタルジー』、第1回の時に公演監督を務め、その後も第3回に『白いまじわり』、第4回に『白い命』、第7回に『終息への扉』、第8回に『セレナーデ』を発表してきた中島伸欣の新作『檻の中で』、第3回から『What is the true love?』『Road You Chose』『Road You Chose』『sinfonia eroica』『孤独の先に…』『未来への扉』『Finding Happiness』と毎回作品を出してきた草間華奈の『Life is…』、前回『The Seventh Position』を発表して振付者としての才能を印象付けた新進ジョン・ヒョンイルの新作『Two fethers』の4作品だった。
1本目は、ヒョンイルの『Two feathers』。『白鳥の湖』のメロディーをピアノで流し、白と黒の衣裳のダンサーたちにクラシックのステップを踊らせた。チャイコフスキーの感動的な主題を抽象的なダンスに仕立て直して、動き主体の舞台を出現させたのだ。最後にフォーキン振付の『瀕死の白鳥』まで、白と黒のデュエットに代えてしまい、抽象的なダンスの世界を観客に押し付けた。しかし「やはり元のままの方が…」という観客の想いを抑えきることはできなかった。そのような観客個々の心に葛藤を引き起こした白と黒のダンサーの動きが、ヒョンイルのねらい目だった。
草間の『Life is…』は、人生の折々にふと現れる美しいシーンを、好きな音楽を鳴らしてメモ書き風に並べた感じの舞台だった。繊細な感覚からにじみ出る何気ない動きの流れは美しい。しかしそれをひとひねりしたところに「作品」は現れる。メモ書きが作品になるまでには、もうしばらく待たなければならないようだ。
中島伸欣の『檻の中で』は、檻の中に閉じ込められている現代人の姿を描く。はじめに看守が消毒液を噴射するシーンがあり、バッハの無伴奏チェロ組曲第1番を使い、囚われのいろいろな場面を見せる。最後にまた舞台両袖からの噴射があり、幕となる。全体の構成に無理がなく、動きの統一感が整っている上に、音楽の使い方もたくみだ。ダンサーがそろいの青い手袋をはめていて、牢獄の雰囲気を漂わせる衣裳の使い方もうまい。檻の中の人々にコロナ禍に悩む現代人の姿が重なって見えた。
石井の『ノスタルジー』は、過ぎ去った遠い日々の美しい思い出を描く舞台。彼女ならではの動きの流れの魅力が随所に感じられ、そこに安心して浸っていたいという気分にさせる。すでに東京シティ・バレエ団のレパートリーに入っており、今後も見る機会のある佳作。
《CITY BALLET SALON》も次回は10回目。これまでに登場した多くの作品の中から、バレエ団のレパートリーに残したいベストの数本を選び、改めて見せてもらいたいと思う。
(山野博大 2020/11/8 豊洲シビックセンターホール)
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December 05, 2020
新国立劇場バレエ研修所の《バレエ・オータムコンサート2020》が行われ、研修所16、17期生、予科生が、新国立劇場バレエ団員のゲストに助けられて舞台を踏んだ。
オープニングにロマンティック・バレエの『ラ・シルフィード』第2幕よりを、そして最後にクラシック・バレエ『パキータ』のグラン・パを置き、その間に『シェヘラザード』のゾベイダとの奴隷のアダジオ、ボリス・アキモフと貝川鐡夫の今の時代の振付作品を配したプログラムは、若い研修生と観客にバレエの歴史の概略を教えるものだった。
シルフィードの服部由依、ジェームスの石井連が、森の妖精たちの優雅な集いを、パキータの吉田朱里、リュシアンの小柴富久修(ゲスト)が、フランス軍将校とそれを助けるジプシー女たちとのはなやかな出会いを踊り、研修の成果を示した。パキータを踊った吉田朱里の風格を感じさせる堂々たる身のこなし、『シェヘラザード』でゾベイダを踊った狩俣瑠風のしなやかな艶技が印象的だった。
ボリス・アキモフの『ボーイズ・アンシェヌマン』は男性4人の踊り。とかく女性中心になりがちのバレエの世界にあって、男たちもがんばっていることを見せるための一本だった。貝川の『ロマンス』は、女性6人の踊り。2016年11月の《Dance to the Future》の初演で、ショパンの曲を使い、さりげなく女性ダンサーの動きの流れの美しさを示した。
踊りの間に、映像による研修風景の紹介があった。ここでは、講師たちの熱心な働きが、研修生の成長に欠かせないものであることを知らされた。最後に第17期研修生が、それぞれ研修に臨む意気込みを語り、観客の応援の拍手のうちに《バレエ・オータムコンサート2020》は幕を下ろした。
(山野博大 2020/11/7 新国立劇場 中劇場)
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December 02, 2020
小林和加枝ダンス展で、ていねいに仕上げられた現代舞踊の小品3本を見た。最初の『Energy』は、熊木梨乃の振付。高橋ゆかり、栗原理佐子、澤琴音と共に熊木が中心を踊った。彼女は小林門下。歯切れの良い動きが印象的な踊り手だ。その良さを芯に据え、踊りの楽しさをストレートに見せた佳品だった。
次の『こ木・こ木・こ木の…』は、小林和加枝が2011年のザ・ネリマ現代舞踊展で初演したもの。小林は、荻野陽子、荻野直子、武井良江に動くところをすっかり任せきり、武田晴子デザインの樹齢を経た大木を思わせる衣裳を身につけ、背を向けて中心に立ちつくす。タイトルの「こ木」のところに「古木」「枯木」「孤木」の漢字をあてはめると、これが深い森の景色であることがはっきりする。しかし小林は、そのあたりに何の細工も施さず、ひたすら老木を演じきった。
小林和加枝の師は、志賀美也子のところから巣立った塩穴みち子だ。塩穴は自分の世界にこもり、身辺の様子をこと細かに描くタイプの舞踊家だった。観客の理解を得ることにはあまりこだわらず、自分の詩の追求に専心したので「難解」と言われることが多かった。しかしひとたび、彼女の世界に引き込まれてしまうと、どこまでも奥へ奥へと共に進むことになる。小林は、塩穴のそのようなところを引き継いでいるのかもしれない。『こ木・こ木・こ木の…』は、ふとそんなことを思い起こさせる作品だった。明快な仕上がりの『Energy』の次に上演されたせいで、その創作の姿勢がいっそう強く印象付けられたような気がする。
最後は『一通の手紙』だった。小林和加枝の振付を中村友美門下のベテラン幕田晴美、小林門下の荻野陽子、荻野直子、高橋ゆかり、熊木梨乃の5人が踊った。それぞれのダンサーに個性を生かした動きを与え、五つのソロが同時に進行するような状態を作り上げ、そこに小さなドラマを潜ませた。ここに「難解」はなく、観客はしっかりと構成された踊りを見た満足感を胸に、晴れやかに家路につくことができた。
(山野博大 2020/11/6 川口総合文化センター リリア 催し広場)
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November 29, 2020
山本裕が新作『Night Parade』で芸術祭に参加した。無線機の発するようなとぎれとぎれの無機的な音が響く中で踊りが始まる。ストーリーはなく、1時間を動きで埋めつくした。山本は、京都の水谷みつるのところから石井みどり・折田克子へと進み、今では現代舞踊界有数の男性ダンサーのひとり。彼がここで使った動きは新しい時代の中からにじみ出てきたものであると同時に、日本の現代舞踊が長い時間をかけて積み上げてきた歴史を感じさせた。山本は、石井漠の系統を超えて江口隆哉、芙二三枝子らのアーカイブ作品などでも主要パートを踊れる蓄積を持つダンサーだ。
有路蘭、飯塚友浩、近藤みどり、鈴木遼太、藤村港平、船木こころ、南帆乃佳、脇坂優海香を、まずたっぷり動かし、彼自身と船木こころがそれそれ主要パートを踊り、さらにデュエットになる。サキソフォンの即興的な演奏も加わり。激しい起伏を伴う作品の核心が出現した。『Night Parade』はていねいに動きを選び、それを地道に盛り上げて行くことで、今の時代そのものを舞台上に出現させた佳品だった。
(山野博大 2020/11/4 座・高円寺2)
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藤間蘭黄が、創作舞踊『徒用心(アダヨウジン)』〈セビーリャの理髪師〉と『禍神(マガカミ)』〈ファウスト〉の再演により《日本舞踊の可能性》を広げるための公演を行った。
モーツァルトのオペラ『セビーリャの理髪師』を翻案した『徒用心』は、2012年11月の第18回蘭黄の会で初演。台本を河内連太が書き、蘭黄の振付・主演で、五耀會のメンバーの協力出演を得ての上演だった。しかしその振付は、蘭黄の弟子の女性たちを使ってまず創り、それを五耀會のメンバーに移して初演の幕を開けたのだった。今回は、かつて最初に稽古場で『徒用心』を踊った女性たちの出演により再演を果たした。
アルマヴィーヴァ伯爵(藤間蘭翔)とロジーナ(花柳楽彩)をめぐる、髪結いフィガロ(花柳喜衛文華)らの大騒ぎを、色違いの衣裳を着た5人の女性舞踊家が達者に演じた。ナヴィゲーター役の桂吉坊(落語家)が開演前に内容をていねいに説明したばかりか、公演パンフレットにもストーリーを詳細に記し、ことの顛末を観客に伝えることに万全を期した上での上演だった。しかしそこまでやっているにもかかわらず、元のオペラになじみのうすい日本舞踊の観客には、入り組んだ人間関係のおかしさが完全に通じていなかったのではあるまいか。女性舞踊家5人の動きのやりとりのおもしろさを楽しむ段階で満足していたような気がする。
舞踊で複雑なストーリーを語ることは、なかなか難しい。だから日本舞踊は三味線伴奏の語りで成り行きを説明する。この『徒用心』もそうしているのだが、初めての場合はなかなか歌詞を聞き取れないものだ。だから、再演を重ねて、観客に慣れてもらわなければならない。この『徒用心』は、動きのおもしろさは十分に出来ている。何度も上演して観客の心にストーリーを焼き付けて行くうちに《日本舞踊の可能性》が拡がり、海外の人たちにも理解してもらえる演目になると思う。
『禍神(マガカミ)』は、ゲーテの長編「ファウスト」を藤間蘭黄が一人芝居に仕立て直し、2008年に中村梅玉が踊った。今回は蘭黄自身が、ファウストの多くの登場人物のすべてを一人で演じた。杵屋勝四郎の作曲・作調、藤舎呂英の作調で筋書を流し、ファウストの数奇な行状を手際よく伝えているのだが、一回聞いただけでは複雑なストーリーをなかなか理解できない。紫綬褒章受章が報道されたばかりの蘭黄の、多彩な動きのおもしろさに目を瞠るうちに幕が下りてしまう。このソロ作品も、再演を重ねて観客に十分に慣れてもらう必要がある。《日本舞踊の可能性》を広げて行くのは、なかなか大変だ。
(山野博大 2020/11/3 浅草公会堂)
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舞踊作家協会の連続公演第213回《時空を超えて世界を巡る》では、大谷けい子が芸術監督を務め、歌と踊りを組み合わせた舞台を創り観客を楽しませた。彼女は、中国発の現代舞踊である鳳仙功舞踊の技術を身につけて舞踊界に登場したキャリアの持主。大鳳真陽振付の、中国風の大きな扇を使った女性トリオ『宇宙の樹』、譚嗣英の滑稽な振付を鈴木恵子が巧みに踊った『猪八戒』、鳳仙功出身の鈴木彩乃が自身振付けて踊った格調高い女性ソロ『永花』などを並べ、日本の現代舞踊と一味違う世界を披露した。その他に雑賀淑子振付のバレエ『アラビアの踊り』、渡邊美紀振付の子どものための踊り『さぁ、不思議の国へ…Hurry up』も加え、舞踊にはさまざまな世界があることを示した。
そして最後を大谷けい子振付の、和風を混ぜ込んだ色模様『内藤新宿色模様』で締めくくった。これは遊び人の亀三郎(西川箕乃三郎)を争う3人の女、お倉(大谷けい子)、小まん(曲沼宏美)、小梅(花柳奈光)の競演。津軽三味線の演奏が、派手な衣裳の3人の踊りをひき立てた。
(山野博大 2020/11/1 テイアラこうとう 小ホール)
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November 22, 2020
新国立劇場バレエ団が、アレクセイ・ファジェーチェフ版『ドン・キホーテ』を、4年ぶりに再演した。この5月に新型コロナ感染が広まったために中止にした『ドン・キホーテ』を、新任の吉田都芸術監督が、5か月後に復活上演したのだ。
新国立劇場バレエ団が『ドン・キホーテ』を最初にとりあげたのは1999年3月で、それを吉田都はアンドレイ・ウヴァーロフを相手に踊った。以後、新国立劇場バレエ団はこの作品をたびたび上演し、私は酒井はな/小嶋直也(2000年3月)、宮内真理子/イルギス・ガリムーリン(2000年3月)、宮内真理子/小嶋直也(2002年5月)、寺島ひろみ/デニス・マトヴィエンコ(2007年7月)、寺島ひろみ/山本隆之(2009年10月)、米沢唯/福岡雄大(2013年6月)、木村優里/中家正博(2016年5月)と見た。そして今回は小野絢子/福岡雄大の24日を見ることにした。
ファジェーチェフ版の第1幕“バルセロナの広場”はにぎやかで踊りたっぷり。キトリの友人役の奥田花純と飯野萌子が街の人々を演ずるコール・ド・バレエと共に広場の空気を活気づけたところへ、小野のキトリがさっそうと登場して雰囲気を盛り上げる。
エスパーダ(木下嘉人)の登場、キトリとバジルのカップルにドン・キホーテ(貝川鐡夫)と田舎貴族のガマーシュ(奥村康祐)がからむところなど、次々に展開する場面をはっきりと作り分け、しだいに調子を上げて行った吉田都のていねいな舞台づくり、それに同調して曲想を自在にコントロールした指揮者の冨田実里の働きが、第1幕“バルセロナの広場”のにぎわいぶりを観客にくっきりと印象付けた。
キトリとバジルが逃げ出し、それをドン・キホーテとサンチョ・パンサ(福田圭吾)、キトリの父親のロレンツォ(福田紘也)とガマーシュが追って、居酒屋のシーンとなる。この場ではまず緩やかなテンポの朝枝尚子のカスタネットの踊りで、夕闇迫る街のはずれにある酒場の落ち着いた情景を見せる。そこでバジルの狂言自殺があり…。
ドン・キホーテがジプシーの居留地で一騒動起こした後、優美な“夢のシーン”となる。このあたりもさまざまに踊りを組み合わせ、場面の変化を楽しませた吉田の演出意図がはっきりと表れたところだ。ファジェーチェフ版は、公爵の館でのキトリとバジルの結婚式に出席したドン・キホーテとサンチョ・パンサが、次の冒険の旅へ出発するところであっさり幕を下ろす。
小野のキトリは動きの切れが良く、歴代のキトリと比べても出色の仕上がり。吉田新芸術監督の個々の踊りを大事に扱う演出の意図が随所にあらわれたファジェーチェフ版『ドン・キホーテ』再演だった。
(山野博大 2020/10/24 新国立劇場 オペラパレス)
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