February 19, 2026
Zenith of Ballet ―至高の舞―
人気・実力ともにバレエ界を代表するトップダンサー9名が出演する、贅沢なガラ・コンサートが開催された。英国ロイヤル・バレエ団からは、マリアネラ・ヌニェス、高田 茜、ウィリアム・ブレイスウェル、そして同団元プリンシパルのエドワード・ワトソンが登場。マリインスキー・バレエからは、ディアナ・ヴィシニョーワ、永久メイ、チョン・ミンチョル、パリ・オペラ座バレエ団からはユーゴ・マルシャンが参加。さらに元ベジャール・バレエ・ローザンヌのジル・ロマンも出演し、一人2曲ずつ、パ・ド・ドゥやソロを披露した。
本公演の目玉は第二部に上演された、ロマンとヴィシニョーワによる、『椅子』(ベジャール振付)であった。イヨネスコの戯曲をもとに作られた本作は、舞台に登場するだけで観客を魅了するような、ベテランダンサーのプレゼンスが不可欠である。踊りだけでなくセリフもある難しい作品だが、ロマンとヴィシニョーワの名人芸が光った。ヴィシニョーワは若手の頃から群を抜く華と個性を持っていたが、この舞台でもそれらは健在で、序盤にカミテ前方で観客席のほうへ振り向いた場面では、まるでステージ全体がぱっと明るくなったかのように感じられた。ロマンとヴィシニョーワの役は老人と老婆だが、二人の身長がさほど変わらないため、椅子を両側から持って走る場面はまるで子供同士が遊んでいるようであったり、ロマンがヴィシニョーワにもたれかかる場面は子供が母親に体を預けているようにも見られた。
ダンサーとしての円熟期にあるヌニェスは、どんな作品をどう料理してもヌニェスの踊りとして完成するという、稀有で幸福なキャリアの"無双期"にある。今回のガラでは、第一部でマルシャンと『ジゼル』を、第三部のラストでブレイスウェルと『眠れる森の美女』のグラン・パ・ド・ドゥを踊った。『眠り』のアダジオでは、ピルエットの最後で顔を上げ、回転に揺らぎを加えることで、胸のときめきを表したり、同じくアダジオ後半の音が高まるところで、軽く肩をすくめて溢れ出る幸福感を表現したりと、様式美に収まりきらない豊かな表現力に圧倒された。
日本人ダンサーの活躍も記したい。高田は第一部でブレイスウェルとマクミラン振付『マノン』より「寝室のパ・ド・ドゥ」を踊り、第三部でワトソンとマクレガー振付『Borderlands』を踊った。マクミラン作品は振付家の意図した通りに踊れば踊るほど、観客の目には物語の輪郭が明確になり、反対に振付が意識されなくなると言われることがある。高田とブレイスウェルのパ・ド・ドゥは、まさにその例が当てはまる舞台で、仕草やポーズ、床を使ったシークエンスの一つ一つがドラマとして立ち上がっていた。ワトソンと組んだコンテンポラリー作品は、マノンで見せた婀娜っぽさは控えめに、スラリと長い手足を巧みにコントロールし、シックに踊り上げた。永久とチョンは幕開きに『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』を踊った。永久がわずかに早く膝をついて降りると、チョンが時間差でアチチュードに脚を上げるなど、二人の動きに連続性が感じられた。このタイミングの違いはそれぞれのヴァリエーションでも見られたが、後乗りを基本とするチョンの音取りの方が、バランシンらしさはより伝わった。永久は脚を上げれば高く、ピルエットの回転数も多い。余力を残さず全力で舞台に臨む姿は胸を打つが、どこか観客の期待に過度に応えようとしてはいまいか(海外を拠点とするダンサーが、日本の舞台に登場するだけでも、十分観客の期待に応えているのだが)。もう一曲のラブロフスキー版『ロミオとジュリエット』は若い二人にぴったりの演目で、華奢な永久のジュリエットと情熱的に腕を広げるチョンのロミオが、みずみずしい舞台を見せた。
ソロは4曲披露された。マルシャンはロビンスの『バレエ組曲』、ロマンはルー・リードのロックと、ローエングリンの序曲を使った、ヨースト・フラウエンラーツ振付『Bear's feather in the beak of the Nightingale』、ヴィシニョーワはこの日だけの特別プログラムとしてパーヴェル・グルーホフ振付『ソウル』、ワトソンは球体人形のような柔軟性を生かしたジョナサン・ワトキンス振付の『ア・シングル・マン』より抜粋を踊った。ロマン、ヴィシニョーワ、ワトソンらベテラン勢のソロは、彼らが踊ることを前提に振り付けられた作品であったり、日本初演であったりと、貴重さも含め興味深いものであったが、踊り手の魅力を引き出すことに主眼が置かれたムーヴメントであり、観客の彼らへの思い入れの度合いによって、作品の受け止め方は少なからず左右されたのではないだろうか。
(隅田有 2026/02/01 14:00 Bunkamuraオーチャードホール)