February 11, 2026
日本バレエ協会関東支部神奈川ブロック『コッペリア』
今年の日本バレエ協会関東支部神奈川ブロックの公演は、休館中の神奈川県民ホールに代わり、鎌倉芸術館で上演された。演目は夏山周久演出・再振付『コッペリア』全幕。スワニルダとフランツは、昼の部が岸本 凜と山下湧吾、夜の部が米沢 唯と秋元康臣で、清水健太が両公演ともコッペリウス役で出演した。
古典作品には『ドン・キホーテ』のタイトルロールに代表されるような、大御所にふさわしいキャラクテールの大役がある。コッペリウス役もローラン・プティ版はその傾向があるが、それ以外の版では、著名なダンサーが務めることもたまにはあるが、必ずしもベテランを要する特別な役とは認識されていない。そのため清水がコッペリウス役で登場するという発表を聞いた時は意外だったが、清水の新たな魅力を発見する舞台となった。夏山版のコッペリウスは、杖はついているものの、フロックコートを着こなす初老の紳士で、スワニルダの暮らす村では比較的都会的な人物のようである。ゆえにコミカルなシーンとのギャップが面白い。二幕で仕事場に忍び込んできたフランツを追いかける場面では、フランツの真似をしてテーブルを飛び越えたり、スワニルダ扮するコッペリアに派手な音をたてて頬を張り倒されたりと、コントさながらのギャグをテンポよく見せる。コッペリアのふりをしたスワニルダと踊る場面では、スワニルダの脚に触って手を叩かれる場面があったが、好色な一面を付け加えることで、コッペリウスという役が一層リアルに形作られた。清水は影のあるダンサーというこれまでの印象を覆し、クセはあるものの陽気で人間味のあるキャラクターを作り上げ、作品の重要な核となっていた。
昼の部で主人公を務めた岸本と山下は、若さを生かした勢いのある舞台を見せた。プイっと横を向いてヤキモチを焼いてばかりのスワニルダと、あっけらかんとしたフランツが、一悶着を起こしたのちに愛を確かめ合うという成長の過程が表現されていた。夜の部には昨年に続き米沢と秋元が登場。米沢は自然体で舞台に立っているようでいて、表現の引き出しが多彩である。コッペリアに扮する二幕では、目をぱちぱちとさせる際に頭をぐっと前に傾けることで、瞬きという小さな動作を観客にわかりやすく伝えたり、カクカクと人形のように手足を動かす合間に、胴もぐらりと動かすことで、アクセントとなる揺らぎを追加していた。秋元も米沢と息のあった芝居を見せたが、秋元にしては珍しく少し軸がブレる瞬間があった。
夏山版『コッペリア』はオーソドックスな演出ながら、物語の起承転結がしっかりと描かれていた。第三幕の鐘のお披露目と結婚式に、コッペリウスも登場するため、ラストまで物語が途切れない。仕事場をめちゃくちゃにされて怒り心頭のコッペリウスに、スワニルダとフランツが市長から貰ったばかりのご祝儀袋を、お詫びに差し出す。それを遮って市長が硬貨の入った袋を渡して場が収まるのだが、興味深いのは式典に初めからコッペリウスの椅子が用意されていた点である。すなわちコッペリウスはもともと招待客の一人で、市長は当初から発明家コッペリウスに、村の繁栄のために開発資金を渡すつもりでいたとも読み取れる。人形に愛情を注いだコッペリウスは、三幕前半で「泉」の音楽に合わせて村娘たちに囲まれて踊り、ラストは村のコミュニティに居場所を見出す。
本作の冒頭にはタイトルから第一幕の背景画へと続く映像が使われていたが、そこに挿入されていたゼンマイの動画を見て、進歩し続けるテクノロジーに思いを馳せた観客は筆者だけではないだろう。昨今ではAIが急速に進歩し社会に実装されているが、人工物への愛情がテーマの一つとなっている本作は、かつてなく解釈の可能性が広がっている。コッペリウスが、フランツの生命力をコッペリアに移植する場面では、最後に心臓を移したところで、コッペリアが滑らかに動き出す。無論この場面のコッペリアはスワニルダであり、人形振りから人間らしい動きに切り替えるタイミングはスワニルダの気まぐれではあるものの、コッペリウスの目には「心」の有無が人形と人間を区別しているかのように映っただろう。愛情を注いだ人形に心が宿って感動したのも束の間、コッペリウスはすぐにコッペリアの自律性に振り回される。その先の種明かしは通常通りの展開だが、コッペリウスを絶望の中に取り残さず、人間の社会に引き戻すまでを描き切っている点が素晴らしい。スワニルダが謝罪する場面も重要で「結果に対する責任を取る」能力は機械には備わっておらず、今も昔も人間の倫理的な領域だ。それはまた「心」の領域とも言える。本作は150年以上も前に初演された『コッペリア』を使い、テクノロジーと人間社会のバランスの取れた関係性を、巧みに示すことに成功していた。
(隅田有 2026/01/18 鎌倉芸術館 13:00〜、17:30〜)
(隅田有 2026/01/18 鎌倉芸術館 13:00〜、17:30〜)