December 04, 2025

東京バレエ団『ドン・キホーテ』

11月18日から1週間にわたって上演された『ドン・キホーテ』は、全7公演に5人のキトリとバジルが登場する豪華な企画で、公演概要が発表された当初から話題となった。バジル役にゲストが一人加わるとはいえ、男女とも卓越した技術力が要求される古典の大作を、一つのバレエ団がこれほど多くのキャストで上演できるのは驚異的だ。わけても21日と24日のキトリは、ベテラン伝田陽美の全幕初主演ということもあり、ファン待望の公演だった。かくいう筆者も、子供向けバレエの名作『ドン・キホーテの夢』で伝田のキトリに魅了された一人で、21日の夜は大きな期待を胸に上野に向かった。

結論から述べよう。期待を上回る仕上がりのダンサーと、舞台の上の出来事に敏感に反応する観客との間に、幸福な連鎖反応が生じる、忘れ難い一夜だった。ステージから押し寄せる強烈に明るいエネルギーの中心は、無論伝田のキトリである。一幕の登場はカミテからスカートを威勢よく振り、少し俯いて走り出て、パッと顔を上げてポーズを決める。以降、一曲終わるごとに歓声まじりの拍手が沸き、そのままラストのグラン・パ・ド・ドゥまで、右肩上がりに盛り上がっていった。伝田は音に合わせて瞬時に入るアチチュードや、バランスを保ったまま、さらに脚を高く上げる伸びやかなアラベスク、軸の定まった回転や高いジャンプなど、圧倒的なロバストネスで見どころを押さえていく。演技力には定評があり、バジルからもらった花を愛でたそばから、ポイっと投げ捨てたり、扇子を使ってガマーシュをからかったりと、タイミングよく決まる芝居の一つ一つに、会場からはクスクスと笑い声が漏れた。夢の場のドゥルシネア姫のヴァリエーションでは、技術力の高さが優雅さに昇華され、酒場で膝をついて指を鳴らす際の腕の揺らぎには、ムーヴメントに対する天性のセンスが表れていた。

バジルには当初、マリインスキー・バレエ団のキム・キミンがキャストされていたが、肩の故障で降板し、代わりにウィーン国立バレエ団のプリンシパル、ヴィクター・カイシェタが出演した。昨年の世界バレエフェスティバルの全幕プロ『ラ・バヤデール』でもカイシェタはキムの代役を務めており、この時にガムザッティ役の伝田と初共演している。カイシェタは回転を得意とし、超絶技巧を次々と披露して客席を沸かせる。男性にしては驚くほど背中が柔らかく、ランベルセをはじめとする上半身の捻りを使ったパは、ことさらに美しい。片手リフトのバランスなど多少ヒヤリとさせられる場面もあるにはあったが、大きな腕の動きに陽気さと愛嬌が滲み、姉御肌のキトリとも息のあった芝居を見せた。共演者と終始コミュニケーションをとりながら、率先して舞台を盛り上げていた。

脇を固める出演者も、豪華なメンバーが勢揃いした。浮世離れしたドン・キホーテに高岸直樹、サンチョ・パンサに後藤健太朗、闘牛士とメルセデスに柄本弾と政本絵美、ドリアードの女王とキューピッドに中島映理子と足立真里亜。つい2ヶ月前、ベジャール振付の『M』で聖セバスチャンを踊った樋口祐輝は、滑稽みあふれるガマーシュで登場。カーテンコールは興奮冷めやらぬ観客が立ち上がって、大きな拍手を送った。

(隅田有 2025/11/21 19:00 東京文化会館大ホール)


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