December 27, 2024
勅使川原三郎/KARAS アップデイトダンスNo.106 『エクリプス –月蝕』&《カラス アパラタス 月刊トークライブ 「照明は面白い」》
photo by Akihito Abe
勅使川原三郎は、スイスバーゼル市立劇場バレエ団での振付の為、2024年は年明け早々に日本を離れた。同バレエ団では、勅使川原作品のみを上演するプログラム"Verwandlung(変身、変容)"が組まれ、新作『Like a Human』と『Metamorphosis』(2014初演)を6月まで上演(11月にも再演)した。佐東利穂子は単独で2回アップデイトダンスを行ったが、その後に渡欧し、勅使川原に合流。共に6月までスイス、イタリア、フランスの10都市で公演を行った。帰国後にはその不在を埋めるかのように、アパラタスで次々と新作を発表し、8月からはトークライブも始まった。10月のテーマは「照明」。勅使川原が照明について話すというのだ。これは聞き逃す訳には行かない。
「勅使川原と佐東は太陽か?月か?」そう聞かれたら大半の人は「二人とも月」と答えるだろう。当の本人達も自らを“月の人”であり、“月的なるものへの嗜好”があると言い、9月のトークライブでは「月」をテーマに選んでいる。
長く厳しい暑さが去った東京の秋の夜長に上演されたアップデイトダンス『エクリプス –月蝕』は、そんな二人の真骨頂とも言える舞台であった。『エクリプス』としては2011年にイタリアのフェラーラで初演し、2015年にフランスのポーで再演しているが『エクリプス –月蝕』は新作である。
うっすらと月。その前に半身を起こして横たわる佐東は、黒の衣装ゆえ暗闇に身体が溶け、ほの白い手と顔だけが浮かぶ。そこに明るいバックライトが当たると全身が影となり、床にくっきりと映し出される。勅使川原と佐東が月と地球の様に交差して、天空の輪郭を描き出して行く。それから、エクリプスの代名詞である円環を経て、シルエットだけになり、ゆっくりと二人が重なると皆既月食が現れる。月が完全に地球の影に入っているのに見えなくなるどころか、赤銅色に煌々と輝くという宇宙の神秘。超人間的な勅使川原の佇まい、佐東のしなやかで妖しい肢体と動き、そして照明が相俟って、どの場面も耽美的且つ、人知が及ばないような力があり、観客を恍惚とさせる。
終盤にジョアン・ジルベルトの静かで、そこはかとなく懐かしいボサノヴァ『エクリプス』が流れる。ラストは実にゆっくりと照明が絞られ、目を開けながらにして瞳孔が閉じて行くかのような不思議な感覚に囚われながら、幕が下りた。
月の公転軌道面が地球のそれに対してわずか5.1度傾いていることによって、月が地球の影を通ることはめったにないのだという。だから、太陽、地球、月が一直線に並ぶエクリプス(月蝕)は、まさに奇跡のような一瞬だ。勅使川原は、二つの身体と照明と音楽だけで、荻窪の地下の小さな劇場に、壮大な宇宙に起きる一瞬のめぐり逢いを描出してみせた。音楽はバッハやボサノヴァ以外は抽象的なノイズが続いた。ミニマムにすれば、それだけ動きや照明の機微が問われる。勅使川原は真っ向からそれに挑戦している。高さや速さや回数で測れるものでなく、白か黒かでなく、そのあわいを見せる。
こうした点で勅使川原の舞台は、説明を排除する「俳句」に通じるところがあると常々感じていたが、奇しくも佐東がアフタートークで「エクリプスはまだ見たことがない。見てみたいが、一生見ない方が良い気もする」と言うのを聞いて、松尾芭蕉の句を思い出した。
霧しぐれ富士を見ぬ日ぞ面白き
こうした感性を持つ佐東だからこそ、勅使川原のコラボレーターが務まるのだろう。
ところで、勅使川原の作品を観た人は、出演、振付だけでなく、照明も音楽も美術も全てを一人でこなす彼の超人振りに驚くことだろう。そんな勅使川原の脳内を覗き見る(見たような気になる)体験ができるのが、トークライブである。
暗がりの中、舞台の中央に机、いす、パソコンが置かれ、まるで怪談でも行うように勅使川原が話し出す。観客がかしこまって聞いていたのも束の間、勅使川原は、まとめてきたメモもそっちのけに、脱線に次ぐ脱線で、ユーモア溢れる和気藹々とした時間となった。佐東とスタッフを「魔法使いさん」と呼んで照明の実践をしてみせたり、幼い頃から光、そして闇をどのように捉えて来たかを語ったり、「海外の劇場ではミラノ・スカラ座は照明が作りやすかった」など海外での貴重な体験談や「照明に関わる人には良い人が多く、それも照明が好きな理由の一つ」など、彼の人間性が垣間見られるような発言もあった。
話が脱線するのは、博識で興味の範囲がとてつもなく広いことはもちろん、毎公演のフライヤーなどの文章を見ても分かるように、勅使川原が言葉をとても大切にしていることにも由来する。簡潔には伝えきれないもどかしさの表れでもあり、予定調和を許さないというのが根底にあって、その場で起きていることを自分で楽しんでいるふしもある。
途中から佐東も加わり、観客とのQ&Aセッションになる。観客の質問に対して、我々が想定するような「1+1=2」のような答えはない。掴んだと思えば、するすると去って行く。そんな時は佐東が、自由な師匠に問いかけ、言葉を引き出し、それを噛み砕いて観客に伝えてくれる。その昔、曾良や去来など芭蕉の弟子たちがそうしたように、勅使川原の発言を佐東がまとめたら面白そうだ。そんなことを考えながら聞いていた。
トークライブはなんと3時間も続いた。日本のパフォーミングアーツの生き証人であり、世界を股にかけて活躍するアーティストの出し惜しみしない生の声を間近で聞けるという幸運を喜んだ。勅使川原のダンス公演がそうであるように、トークライブもまた、彼の話を一方的に聞くだけではない。観客も一緒に思考する場である。このユニークなアウトリーチ活動が、今後もっと広まり、発展していくことを願っている。
(吉田 香 2024/10/13 『エクリプス –月蝕』& 2024/10/26《カラス アパラタス 月刊トークライブ「照明は面白い」》 KARASアパラタス)