March 30, 2024

日本バレエ協会『パキータ』

今年の日本バレエ協会都民芸術フェスティバル参加公演は、アンナ=マリー・ホームズ版『パキータ』全二幕の世界初演であった。終幕の「グラン・パ・クラシック」(以下「グラン・パ」)はプロのバレエ団公演からアマチュアの発表会まで鑑賞する機会は多いが、全幕の上演は珍しい。マリー・ホームズ本人が登場したプレトークによると、制作にあたり、強いヒロイン像を作り上げることと、ロマの人々に対するリスペクトを表明することを意識したそうである。コメントからは、本作を現代の観客に受け入れられる物語とすることに心を砕いた様子が感じられた。

舞台はフランス統治下のスペイン。プロローグでは、盗賊が赤ん坊のパキータをロマの女たちの籠に隠すシーンが描かれる。ここに登場する4人のロマの少女たちが、成長してパキータの友人となり、全幕を通じてヒロインに寄り添う。第一幕は十数年後、パキータの実父で盗賊に殺害された伯爵を記念する、石碑の落成式の場面で始まる。パキータとフランスの軍人リュシアンが出会って恋に落ち、パキータに惚れているイニゴと、リュシアンを煙たく思うドン・ロペスが、リュシアン殺害のために手を組む。通常「グラン・パ」に挿入されるパ・ド・トロワが、イニゴとパキータの4人の友人によるパ・ド・サンク形式で上演されるのが、前半の山場の一つである。一幕でパ・ド・トロワを消化するのは、全幕の構成としてバランスが良い。ちなみにパ・ド・トロワが一幕に挿入されるのは、2001年に初演され、2006年の日本公演で上演されたラコット版の『パキータ』も同様である。二幕前半はイニゴの家で危機一髪におちいったリュシアンをパキータが救うコミカルなやりとりが見どころだ。その後デルヴィリ将軍の館でパキータの出自が明らかになり、晴れて結婚式へと続く。パキータとリュシアン、4人の友人たちによる「グラン・パ」で賑やかに幕が降りた。

パキータはデヴェルティスマンとして観る機会が多いため、キャラクターが肉付けされた全幕作品は新鮮であった。振付家の意図した通り、ヒロインは男性の庇護を必要としない強さを備え、イニゴに平手打ちをされそうになっても暴力に怯えずに睨み返したり、リュシアンとドン・ロペスとが戦う際は、落ちた剣を拾って自らも参戦したりと勇ましい。恋にも積極的で、一幕後半の別れ際にはパキータからリュシアンにキスをする。ヒロインを現代的で強い女性として描くという振付家の試みは成功していたが、パキータの身の上が明らかになった瞬間に結婚の障害がなくなったり、イニゴとリュシアンの命の重みが暗に異なったりと、ロマのコミュニティへの尊重を表すという点では課題が残った。しかしこれらは本筋との関連が深く、設定や時代背景を大幅に変更しない限りは、どうすることもできないのだろう。言い換えると、現代の価値観と相容れない側面を持つバレエ作品は、大胆な設定の変更を取り入れることで、将来的に上演の機会が増える可能性がある。

筆者が鑑賞したのは2日目ソワレで、パキータを踊った米沢唯が素晴らしかった。以前からテクニックと音楽性には定評があるが、近年は風格と演技力が増し、ひと握りのベテランダンサーが到達する芸術の極みにある。足の裏は床をしっかりと使い、腕も脚も通るべきラインを正確に通り、ちょっと首を傾げたりといったアソビや抑揚のセンスも抜群だ。踊りの解像度は極めて高く、アダジオは情緒豊かで、アレグロは切れ味が良い。「グラン・パ」のコーダのラストでは、背中を高く引き上げたまま、全くブレない高速のピケとシェネが圧巻で、会場からは拍手とともに歓声が聞かれた。

リュシアン役の中家正博は素朴なイメージをそのまま役に落とし込み、気さくで機転の効くパキータに惹かれる様に説得力があった。受けの演技も的確で、喜怒哀楽を率直に表すパキータに細やかに応じることで、パキータの魅力を引き出していた。イニゴの高橋真之は悪役にしては人が良さそうであるものの、テクニックは手堅く、物語を牽引する華がある。ドン・ロペスのマシモ・アクリは、直立してぐっと頭を上げる仕草ひとつで、冷遇されている状況への不満を表す。二幕のイニゴの家のシーンは芝居がメインだが、芸達者の4人のやりとりがしっかりと噛み合い、スケッチ・コメディの趣があった。わけても自分が置かれた状況を察したリュシアンが、大真面目にシャドーボクシングを始めたり、大げさに抜いた剣を小さな鍵穴に差し込んで扉をこじ開けようとしたりと、中家の喜劇のセンスが光った。キャストは他に、田代幸恵、渡久地真理子、深山圭子、柳井美紗子がパキータの4人の友人の役に出演。また初日のソワレと2日目のマチネには、パキータに上野水香と吉田早織、リュシアンに厚地康雄と浅田良和、イニゴに清水健太と二山治雄が登場した。

(隅田 有 2024/03/10 18:00 東京文化会館)



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