March 05, 2024

パリ・オペラ座バレエ団『マノン』

ケネス・マクミラン振付『マノン』はガラ公演の人気演目であり、寝室のパ・ド・ドゥや沼地のパ・ド・ドゥを観る機会は多い。全幕が国内で観られるのは数年に一度程度だが、過去には英国ロイヤル・バレエ団、アメリカン・バレエ・シアター、新国立劇場、小林紀子バレエ・シアターが、それぞれ素晴らしい舞台を披露している。そして今回、パリ・オペラ座バレエ団による『マノン』全幕が日本で初めて上演された。

5公演3キャストが組まれ、筆者は最終日のミリアム・ウルド=ブラームとマチュー・ガニオが出演する回を観た。ウルド=ブラームは今年5月に引退することを発表しており、ガニオはオペラ座を代表するエトワールとして日本でも人気が高い。それぞれが持ち前のスター性を遺憾なく発揮していたが、マクミランの『マノン』の醍醐味を味わう上では物足りなさが残る舞台であった。ウルド=ブラームは踊りにクセがなく、芝居の面でも終始控えめで——ベッドにダイブするようなお行儀の悪さはない——美しさゆえに男たちの関心を引く被害者としての側面が際立った。マノンの胸のときめきや歓び、はたまた過ちや絶望は切実で、観客の共感を呼ぶものの、はたして共感できるマノンとはマノンだろうか。マノンの天使のような愛らしさは彼女を形作る半分でしかなく、残りの半分は愉快で衝動的で悪ふざけの度がすぎる制御の利かない生き物だ。マノン自身も無自覚な恐ろしさ、うんざりするような薄っぺらさは、役作りでだけで表現できるものではないだろう。振付に多用されているオフ・バランスを徹底的に見せていくことで、本作のキャラクターは完成すると筆者は考える。

マクミランはオフ・バランスの名手である。本作ではとりわけ、オフバランスで勢いをつけたスリリングなシークエンスやリフトが、役の内面や個性と密接に結びついている。ウルド=ブラームとガニオの踊りには、このオフ・バランスが不足していた。沼地のパ・ド・ドゥでマノンを空中に放り投げたり、ポアントのまま舞台スレスレまで倒れこんだりする際に、高さや角度が足りなかったのは、ウルド=ブラームが比較的長身ということもあり致し方ない。しかし、序盤のアラベスク・パンシェも安全圏に収まっていて手加減を感じた。また二幕では、マノンが男たちにリフトされる場面がぎこちなかったり、終盤にマノンとデ・グリューが次々とポーズを見せるシーンで、二人のタイミングが合わないまま流れてしまったりと、振付の魅力を引き出しきれていないと感じる場面が多かった。

主演の二人以外にも、それぞれの役にふさわしい独特の揺らぎが振付にあるが、この揺らぎを表すには通常のクラシック・バレエとは異なるスキルを要するのだろう。レスコーを踊ったアンドレア・サリや愛人役のエロイーズ・ブルドンは、オペラ座のダンサーらしい強靭な美しさを備えているが、本作ではそれがあだとなり、物語を伝えるべき場面でも”ヴァリエーションの披露”に留まってしまっていた。彼らに限らず大方のダンサーがマクミランのボキャブラリーに苦戦していたが、例外はムッシューG.M.を務めたフロリモン・ロリューで、踊りの見せ場は少ないながらも、2幕でマノンと組む際にはしっかりと体を捻ってサポートし、二人のポーズにダイナミズムを付加していた。さらにこのマノンが生えるように体を捻るポーズは、金と権力で手に入れた美しい女を見せびらかすアクの強さの表現としても成立していた。また『白鳥の湖』のパ・ド・トロワでは、踊りのスタイルが異なるために周囲から浮いていたカン・ホヒョンが、本作では高級娼婦役で演劇性と音感の良さを見せ、マクミラン・ダンサーとしての才能を発揮していた。

(隅田 有 2024年2月18日 18:30 東京文化会館)



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