January 27, 2024
日本バレエ協会関東支部神奈川ブロック第38回自主公演『白鳥の湖』
今年の日本バレエ協会関東支部神奈川ブロックの自主公演は『白鳥の湖』だった。演出・再振付は石井竜一。昨年1月の同公演に続き、今年も福田侑香と秋元康臣が主演し、ベンノ役に高橋真之、ロットバルト役に安村圭太が出演した。
石井版は道化の代わりにベンノが登場する。生まれたての王子と幼いベンノをプロローグに出すことで、ベンノが物語の語り手として、王子の誕生から死までを見届けることになるのだなと印象付ける。第一幕では主要な登場人物が揃った2曲目のワルツが、早くも振付の見所の一つであった。旋律の変化を機敏に捉えて、村人や貴族がグループごとに入れ替わり、要所要所で王子やベンノも踊りの輪に加わる。中盤のパ・ド・トロワ(勝田菜々穂、西沢真衣、益子倭)は、直前の曲のラストで、ベンノの指示を受けた村人によって踊られる。アダジオやヴァリエーションの合間も3人は袖に入らず、舞台上で和気藹々とした雰囲気を作り上げていた。一幕ラストの乾杯の踊りは、表と裏の拍を自在に使い分けたブルノンヴィルさながらのステップを踏む、村人たちのエネルギッシュな踊りが圧巻であった。休憩を挟み第二幕は、概ねイワノフ版の通りに展開する。一番の特色はロマンティック・チュチュを纏ったコール・ド・バレエの衣装であろう。石井によるとスカートの丸みが白鳥の姿に近いことがロマンティック・チュチュを選んだ理由とのことであるが、プティバに代表される狭義の"クラシック・バレエ"の型にはまらない、物語の整合性を重視した本作の特性が、衣装にも反映されているようであった。
第三幕は各国のゲストが登場すると、ベンノのソロに続いて早々にチャルダッシュ、ナポリ、マズルカが披露され、それぞれの国の姫君も踊りに参加する。スペインの一行とともにロットバルトとオディールが登場し、お妃選びの曲で王子にちょっかいを出してパーティを交ぜかえす。グラン・パ・ド・ドゥはコーダに工夫があり、各国のダンサーたちも踊りに加わる。音楽はコーダのみ原曲に立ち戻り、一般的にバランシンの『チャイコフスキーのパ・ド・ドゥ』のコーダとして知られる曲が使われていた。ロットバルトが三幕の登場時に、王子の成長に言及する仕草をすることから、この夜の計画は悪魔が長年温めてきたものという解釈も可能であろう。第四幕はオデットと王子が湖に身投げし、ロットバルトは雷に打たれて滅ぶ。ラストでシモテ後方に再登場し寄り添うオデットと王子を、駆けつけたベンノが舞台カミテに膝をついて見守るところで幕となる。ベンノが王子たちに向けて伸ばした手を力なく下ろす仕草は、ベンノが二人の遺体を確認した様子をバレエ的に表したものと筆者は理解したが、それ以外の解釈も許される余韻の残るエンディングであった。
オデット・オディールの福田は、振り付けを自分の踊りに落とし込んで完成度が高く、大役にふさわしい堂々とした踊りであった。特にオディールはテクニックの難所も演技が途切れることなく、溌剌とした魅力に溢れていた。演劇性の高い本作にマッチするドラマティックな役作りで、二幕の身の上を語るシーンや、四幕で身投げを宣言する場面は、マイムを使った芝居に心がこもっていた。夢見がちな王子と、周囲に気を配り場を盛り上げるベンノは、本作のもうひと組みのペアと言えるだろう。三幕の冒頭、舞踏会が始まる前のひと気のない会場で二人が勢いよく前方に走り出し、続いて王子だけ一旦袖に隠れる演出に、二人の関係性が読み取れる。秋元の繊細で穏やかな雰囲気と、高橋のシャープで陽気な踊りが、お互いを引き立てあっていた。ロットバルトの安村は長い羽根の先まで制御を効かせ、一つ一つの振りがどの音を使っているのかを明確に見せる。所属する東京バレエ団の公演でエスパーダに出演した際は、登場早々のキザな仕草で観客を沸かせていたが、何気ない仕草を意味深長に表現するセンスは、本公演でも大いに生かされていた。見応えのある振付と実力派ダンサーの活躍で、バレエを観る愉しみがしっかりと打ち出された舞台だった。
(隅田 有 2024/01/14 16:00 神奈川県民ホール)