December 31, 2023

井上バレエ団『くるみ割り人形』

関直人版『くるみ割り人形』はまもなく初演から40年を迎える歴史のあるバージョンだ。金平糖の精、王子、雪の女王に、根岸莉那、荒井成也、大橋日向子が出演した二日目を見た。

7月に再演された石井竜一版『シルヴィア』に主演した根岸と荒井が、本公演でも主役を務めた。根岸は軸の強い回転や、つま先で空間を切るような小気味良い足さばきなど、テクニックと溌剌とした明るさで舞台を盛り上げた。荒井はプレパレーションや着地のプリエなど、細部にも妥協しないストイックな踊り。古典のポジションを実直に追求し、その結果として王子らしさを表す作戦は荒井の持ち味に合っている。大橋は腕の使い方が伸びやかで、パートナーと向き合う場面ではしっかりとアイコンタクトを持ち、振付に含まれる叙情性を引き出した。合唱団の第一声とともに踊る4人の雪の精は、前回に続き今回も後乗りの音どりが完璧で、ふわりと雪が舞い落ちる様子を巧みに表現していた。花のワルツの芯を踊った藤井ゆりえと田辺 淳(フリー)やお菓子の国のソリストには役にふさわしい個性が見られ、全体的にダンサーの表現力が上昇しているように感じられた。

第一幕は今年も佐藤崇有貴(ドロッセルマイヤー)、大倉現生(ねずみの王様)、森田健太郎(お父さん)と、日本のバレエ史を飾る錚々たる男性陣が集結し、濃厚なムードがサチュレーションを起こしていた。本作に初演から出演し王子もたびたび務めた大倉は、近年はネズミの王様としてなくてはならない存在だが、本公演では演技力の光るクララ(渡邉望)を得て、例年以上にヴィランの本領を発揮していた。関版のネズミの王様は敵地に乗り込んでいきなり斬りかかってくる暴君ではなく、戦いの前にくるみ割り人形とお互いの力を探り合う駆け引きの場面がある。クララがねずみの王様に戦いを思いとどまって欲しいと手を合わせて頼む場面では、二人の芝居がしっかりと噛み合い、心地よい緊張感が生まれていた。

(隅田 有 2023/12/03 文京シビックホール)


outofnice at 12:45舞台評 
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