August 29, 2023
《The Artists -バレエの輝き-》
英国ロイヤル・バレエ団(ロイヤル)、アメリカン・バレエ・シアター(ABT)、ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)から、6組12名のダンサーが出演するガラ公演が上演された。そのうち10名はプリンシパル・ダンサーという豪華な顔ぶれである。公演の芸術監督は元ロイヤルの小林ひかるで、20世紀以降のバレエ作品を中心とした「The Masters」、若手振付家による世界初演の2作を上演する「The Future」、クラシック・バレエを中心とした「The Classics」、そしてクラスレッスンを公開する「The Routine」の4つのプログラムを、2つずつ組み合わせた全4公演である。「The Masters」と「The Futuer」からなる初日を鑑賞した。
第一部の「The Masters」は、カンパニーごとの特色やダンサーの持ち味がよく分かる、吟味された演目が6作品並んだ。わけてもNYCBのタイラー・ペックとローマン・メヒアはバランシンの粋な抑揚を余すところなく観せ『Who Cares?』の面白みを最大限に引き出していた。バランシン作品は音を正しく掴むだけでなく「後乗り」のセンスも求められるが、ペックとメヒアは抜群の音楽性で、スピード感を損ねることなく「後乗り」を自在に使いこなしていた。
アシュトン版『シンデレラ』は、ポアントで階段を降りる印象的な2幕の登場シーンから始まり、シンデレラと王子のヴァリエーションの後にアダジオという、全幕に倣った順序で上演された。ロイヤルの金子扶生はワディム・ムンタギロフを相手に、独特の腕と足さばきをソリッドに仕上げ、アシュトンのスタイルを的確に表現した。山田ことみ(ABT)と五十嵐大地(ロイヤル)はラトマンスキー振付『7つのソナタ』でスピード感のある踊りを見せ、マクミラン振付『カルーセル』(回転木馬)に出演したマヤラ・マグリとマシュー・ボールは、ダイナミックなオフバランスと豊かな演劇性で、ひと月前にロイヤル・バレエ団日本公演のガラ公演で見た際の印象を上書きした。
ABTのキャサリン・ハーリンとアラン・ベルによる『葉は色あせて』は、ガラ公演で通常上演されるよりも長いバージョンで見ごたえがあった反面、全編上演しても10分程度の『薔薇の精』がダイジェスト版であったのは残念だ。薔薇と少女のパ・ド・ドゥがカットされるバージョンは、サイレント時代の大女優リリアン・ギッシュを相手に、パトリック・デュポンが薔薇を踊った舞台映像が良く知られているが、山田ことみは老人ではない。ウィリアム・ブレイスウェルの艶かしい上半身の動きが薔薇の美しさと怪しさを良く表していただけに、全編を見届けたかった。
『眠れる森の美女』は第一部で上演された6作品の中で、唯一19世紀に作られたバレエである。正統派の純クラシックを華やかに踊るマリアネラ・ヌニェスは、現代のバレエ界において極めて貴重な存在だ。4人の求婚者は白いシャツと黒いパンツ姿で現代風な拵えの中、オーロラ姫はオーソドックスなピンクのチュチュで登場したため、衣装は少々ミスマッチだった。
第二部の「The Future」は、タイラー・ペックとベンジャミン・エラ(ロイヤル)という、現役のダンサーが振り付けた2作が世界初演された。ペック振付『Harmony in Motion』は、本人を含む5名の米国のカンパニーのダンサーに、ロイヤルの五十嵐が加わり、3組の男女がピアノの生演奏(滑川真希)で踊った。衣装はシンプルに紺のレオタードで、パワフルでスピーディな踊りを1組ずつ見せた後、後半は3組が同時に同じステップを踊り、疾走感を保ったままラストを迎える。フィリップ・グラスとチック・コリアの音楽を、密度の高いステップで繋いでいく作風は、スリリングで潔いものであった。山田と五十嵐は、ABTとNYCBのプリンシパル・ダンサーと並び、身体的な負荷の高い振付を、敏捷性を生かして踊りこなしていた。
ラストはロイヤルのダンサーによる、エラ振付の『Joie de Vivre』で、音楽はシベリウスの『ヴァイオリンとピアノのための作品』。山田薫のヴァイオリンと松尾久美のピアノの生演奏で上演された。3組の男女は愛し合うカップルで、男性同士、女性同士も友情で結びついているという設定のようだ。ドラマチックな表現に秀でたロイヤルのダンサーらしく、3組ともパ・ド・ドゥを叙情的に踊りこなす。わけてもマズルカを踊った金子の、軽やかなステップと腕や顔の美しい角度が心に残った。
ラストはロイヤルのダンサーによる、エラ振付の『Joie de Vivre』で、音楽はシベリウスの『ヴァイオリンとピアノのための作品』。山田薫のヴァイオリンと松尾久美のピアノの生演奏で上演された。3組の男女は愛し合うカップルで、男性同士、女性同士も友情で結びついているという設定のようだ。ドラマチックな表現に秀でたロイヤルのダンサーらしく、3組ともパ・ド・ドゥを叙情的に踊りこなす。わけてもマズルカを踊った金子の、軽やかなステップと腕や顔の美しい角度が心に残った。
本公演では全ての作品の冒頭で、ダンサーのインタビューと、直後に上演される作品のハイライト映像が挿入された。作品の理解が深まるという意見がある一方、巨大なスクリーンに映される映像と、”言葉”を使った説明が毎回挟まれることで、筆者は生のダンス公演を鑑賞するための集中力を保つことに非常に苦労した。これから上演される作品の丁寧な説明に価値を見出す観客がいる一方で、素晴らしいパフォーマンスによって醸成された甘美で繊細な劇場の雰囲気を、質の異なるメディアによって毎回断ち切られることに、深く失望する観客もいたことを、一言書き添えておきたい。
(隅田有 2023/08/11 18:00 文京シビックホール 大ホール)