August 15, 2023
NBAバレエ団『ドラキュラ』
1996年に英国ノーザン・バレエ団で初演されたマイケル・ピンク振付の本作を、NBAバレエ団が初演したのは2014年。この時はタイトルロールに大貫勇輔がゲスト出演し、初日のジョナサン・ハーカーに芸術監督の久保紘一が登場するという、豪華な顔ぶれだった。その後、ロイヤル・バレエ団の平野亮一を迎えて2020年2月に第一幕を上演。続く2021年夏には平野と宝満直也がダブル・キャストで全幕主演を務めた。今回は、再登場の平野に加え、元バーミンガム・ロイヤル・バレエ団の厚地康雄と、NBAバレエ団の刑部星矢による、3公演3キャストでの上演だった。初日マチネの様子を報告する。
ブラム・ストーカーが1897年に発表した原作は、ゴシック小説風に幕を開け、ドラキュラ伯爵が勢力を増しながらイギリスに上陸するスリルに満ちた前半と、トランシルヴァニアに舞い戻る伯爵をヴァン・ヘルシング一行が追跡する後半が、手に汗握る展開で描かれた長編小説である。当時としては最先端のテクノロジーが次々登場し、ホラー小説でありながら、ヨーロッパ大陸を股にかけたSFアクションのような特色もある。ピンク版『ドラキュラ』は、舞台化に際し必要最低限の設定の変更はあるものの、前述のような原作の魅力を視覚化することに成功している。"ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』"として成立している点が何よりも素晴らしい。むろん各幕に挿入されたパ・ド・ドゥや群舞も見応えがあり、バレエとしての魅力にも事欠かない。演出には映像や声なども一部使われているが、道具幕の振り落としや、暗転を使った瞬時の退出など、ここぞというシーンでは古典的な技法が採用されており、各シーンで高い演出効果を発揮している。総じて本作は、久保体制発足以降のNBAバレエ団を代表する作品の一つだろう。
今回初役の厚地はスラリとした立ち姿に浮世離れした趣があり、ドラキュラ伯爵に求められる素質の全てを兼ね備えている。クラシック・バレエのソリッドな技術が伯爵の超人性と結びつき、ラストの戦いのシーンでは恐ろしさが際立った。リフトの多い3幕のミナ(山田佳歩)とのパ・ド・ドゥは良くまとまっていた反面、1幕のジョナサン(大森康正)との男同士のパ・ド・ドゥは、個々の振付の消化が優先され、お互いの体重を利用したダイナミックなシークエンスにはぎこちなさが残った。登場時は老人だった伯爵が若返ってゆくという各幕ごとの変化も、もう少し強調されても良かったかもしれない。厚地の持つバレエの技術と舞台人としての華が、本作の振付と噛み合えば、世界屈指のドラキュラ伯爵になるのは間違いないだろう。再演が待ち望まれる。加えて、一幕のルーマニアの村人の踊りや、三幕のヴァンパイア・ダンスは、今回も迫力満点であった。
(隅田有 2023/08/05 13:00 新国立劇場プレイハウス)