March 12, 2023

ハンブルク・バレエ団《ジョン・ノイマイヤーの世界 Edition 2023》『シルヴィア』

ノイマイヤーは2024年に芸術監督退任を表明しているため、現体制では最後の来日公演である。

前半4公演は前回、前々回の来日公演でも上演された《ジョン・ノイマイヤーの世界》で、今回はタイトルに Edition 2023とついた。ノイマイヤー本人が狂言回しとなり、同じ衣装の若手ダンサーと2人1役で、代表作が次々と披露される。振付家自身の声によるコメンタリー付きで、舞台左右にはオペラのステージで使われるような字幕装置が設置されている。1幕と2幕の間の休憩を除いて作品の繋ぎに幕は下りず、1幕は『キャンディード序曲』から始まり『クリスマス・オラトリオ』まで、2幕は『ニジンスキー』の2幕で始まり『マーラー交響曲第3番』で終わるという枠組みと、挿入される主な作品は決まっているようだ。ノイマイヤー役のダンサー(クリストファー・エヴァンズ)が踊りに加わったり、作品中の役の一部を演じたりと、振付家の頭の中を垣間見るような演出で、とりわけノイマイヤー・ファンに絶大な人気を誇る演目だ。今回は翌週上演される『シルヴィア』の1幕や、パンデミック下で製作された『ゴースト・ライト』が追加され、両作品とも菅井円加が大活躍。ラストの『マーラー』も菅井とカレン・アザチャンが中心で、菅井が名実ともにカンパニーの看板ダンサーであることが示された。また『くるみ割り人形』のマリー役や『椿姫』の白のパ・ド・ドゥを踊った、ゲスト・アーティストのアリーナ・コジョカルも心に残る。バレエ界の最ベテランの一人でありながら、少女のような瑞々しさは他に類を見ない。コジョカルは高いテクニックに裏打ちされた、予測不能で型破りな演技が持ち味だが、今回はさらに進化し、多少音を外したり回転の軸が乱れても、元々そうあるべきだったと思わせるほど、一挙主一投手に説得力があった。長年カンパニーのトップランナーを務めてきたアレクサンドル・リアブコも終盤の『作品100―モーリスのために』で強い存在感を示した。コジョカルと組んで『椿姫』を踊ったアレクサンドル・トルーシュ、前半2曲目の『アイ・ガット・リズム』で柔軟性と音感の良さを披露したアレッサンドロ・フローラ、ニジンスカ役のパトリシア・フリッツァなども印象に残る反面、立ち姿が麗しく雰囲気もあるが、踊り始めるといささか弱いダンサーも散見された。ハンブルク・バレエ団といえば、様々な身体条件のダンサーが、ポテンシャルの最大値をぶつけてくる専門家集団という認識だったが、時代は変わったのだろうか。ノイマイヤーの芸術監督引退の影響を受け、今後バレエ界に静かな地殻変動が起きるのかもしれない。

10日から上演された『シルヴィア』は、4公演中3公演のタイトルロールを菅井が務めた(11日マチネの主演はイダ・プレトリウス)。空中で右足を横に伸ばしたポーズを見せるジャンプや、士気を高めるような動きのシークエンスなど、ディアナ配下のニンフの「踊りのモチーフ」がいくつかあり、分けても菅井は動きの強弱や音を捕まえるセンスが抜群だ。スピーディな振付でも踊りの解像度が極めて高く、手足が通るべき位置を正確に通る。例えば一幕後半、半弓を頭上に掲げた姿勢での足さばきでは、足裏が床をしっかりとこする音が客席まで聞こえるほどであった。回転はもとより跳躍も見事だ。菅井は、野性的な魅力溢れるニンフに始まり、潜在意識の世界で取り乱し、やがて新たな人格が生まれるまでを丁寧に表現した。他に、主なキャストは、アミンタにトルーシュ、ディアナにアンナ・ラウデール、アムール/ティルシス/オリオンにエヴァンス、エンディミオンにヤコポ・ベルーシ。

1997年の初演から四半世紀。世間の価値観も変化し、初心なヒロインが愛と官能を通じて、より深みのある女性へと変化するという流れに、若干の違和感を覚える観客はいるようで、告白すると筆者も3幕ラストから1幕冒頭に向かう流れであれば良い話なのにと感じる部分はある。しかし物語の順序ではなく、男女を入れ替えると、本作はバレエらしい展開の作品と言えなくもない。ヒロインとの出会いを通じてその後の人生を大きく変えられるのは主に男性の役回りで、シルヴィアを一途に愛するアミンタが、むしろ古典的なヒロインとしてのポジションを与えられているようでもある。つまり男らしさや女らしさの枠を一旦とっぱらってみると、2023年ならではの解釈が見えてくるのではないだろうか。カミ手とシモ手を覆った箱庭のようなステージと、その外側の客席まで使う演出、ニンフ、アムール、森、羊飼いなどが同時に居合わせる場面構成、1幕と3幕で視点が180度が変わったとも取れるセットの配置なども、多視点から本作を読み解くことを促しているように感じられた。

(隅田有 2023/03/02, 2023/03/10 東京文化会館大ホール)

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Photo: Shoko Matsuhashi


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Photo: Kiyonori Hasegawa



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