July 11, 2020

勅使川原三郎+KARAS《アップデイトダンス》シリーズ第72弾『空気上層』


勅使川原三郎+KARASの《アップデイトダンス》シリーズ第72弾は『空気上層』だった。その3日目を見た。白いロングドレスに身を包んだ佐東利穂子が中央に立ち、そろそろと動き出した。勅使川原がいつもオープニングでやるように両腕を小さく動かしはじめる。それをしだいに広げて行き、約70分間をひとりで踊り切った。勅使川原も踊るものと思って見ていたが、彼が出てきたのは、アフター・トーク。上演を重ねる過程で「日々新たに進化する」KARASの《アップデイトダンス》シリーズの仕組みを語り、後半には自ら登場することを約束した。
 
勅使川原は入門したての頃の佐東に、何もやろうとせずスタジオの空間にただ浮かんでいることを指示した。佐東はそれに従い、毎日数時間、ただ浮かび続けていたようだ。順を追ってしだいに高度なテクニックを身につけて行くのが通常の舞踊の訓練だが、佐東はそのような過程をたどることはなかった。このような勅使川原のトークを聞いて、佐東のソロの背景が見えたような気がした。『空気上層』のタイトルは、スタジオの空気の上層に浮かび続けた若き日の佐東のためにつけたものかもしれない。

佐東はしだいに動きを広げて行った。しかし何かを表現することはなく、ひたすらその場に存在し続けた。そんな佐東を天井の多数のライトが的確に追った。照明のデザインを勅使川原がやっているので、佐東の動きに事細かく同調できるのだ。アパラタスでは、照明が舞台の重要な部分を常に担っている。
 
歴史に名を残すような偉大な舞台人は、最後には何を演じても本人自身のキャラクターで観客の心を動かすようになる。例えば、晩年のマーゴ・フォンテインは、ジゼルを踊っても、オーロラ姫を踊っても、何を踊ってもマーゴであり続けた。プリセツカヤ、ギエムもそうだった。それと同じことは日本の芸能の世界にもある。例えば武原はんがそうだ。何を演じてもまず“おはんさん”で観客を魅了した。
 
勅使川原が、佐東に指示した「何もしないで浮かんでいる」状態は、何をやっても自分そのものを演じてしまう名人上手の究極の姿に近いような気がする。勅使川原が加わってアップデイトするシリーズ後半の『空気上層』は、はたしてどんなことになるのだろう。

(山野博大 2020/7/1 カラスアパラタス)

jpsplendor at 16:33舞台評 | 短評
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