October 10, 2015

ファルフ・ルジマトフ&岩田守弘&藤間蘭黄《出会い―信長》

 今rmr22211日、12日に国立劇場小劇場で、バレエと日本舞踊のコラボレーションによる公演が行われる。既に、「ダンス・タイムズがお勧めする10月公演」でも「ニンに叶った世界レベルの配役」による注目公演であることが阿部さとみによって紹介されているが、直前のリハーサルを取材することができたので、さらに詳細をご紹介する。

 今回の企画は、ロシアを代表するバレエダンサーであり、現在はミハイロフスキー劇場バレエの芸術顧問を務めるファルフ・ルジマトフと、日本舞踊家の藤間蘭黄との交流から生まれた。ルジマトフが《阿修羅》(振付:岩田守弘)を踊るのを見た蘭黄が、織田信長の舞踊化を思いついたのである。ルジマトフの信長、蘭黄の斎藤道三と明智光秀、そして、ロシアで活躍するバレエダンサー岩田守弘(ブリヤート国立歌劇場バレエ団芸術監督)が豊臣秀吉を踊ることになり、蘭黄が台本を書いた後、昨年から具体的に公演に向けて動き始めた。音楽(邦楽)は梅谷巴・中川敏裕、照明は足立恒に依頼し、バレエ部分は岩田が振り付け、日本舞踊および全体の構成・演出は蘭黄が担うことになった。今年7月、サンクトペテルブルグでの三人の振付作業をへて、公演を目前に控えて東京に集まり、リハーサルを始めたのだ。

 8日の午後、リハーサルにお邪魔すると、念入りにバレエ・レッスンを行ったルジマトフと岩田、そして蘭黄が踊り始め、その周りで、色鮮やかな着物姿の女性演奏家が琴、太鼓、大鼓、小鼓、笛、鉦を奏でている。筆者がルジマトフを見るのは何年ぶりだろうか。しかも、間近で体の動きをじっくり見ることができる、この幸せよ。既にバレエダンサーとしては大ベテランだが(因みに、日本舞踊では40代、50代などまだまだ中堅だ)、まっすぐに伸びた脚、柔軟だがぶれないトルソ、そして、鷲のつばさのように伸びやかに、優雅に広がり、しなやかに艶っぽく語りかける腕は今もまったく変わらない。つくづく「バレエに選ばれた男」なのだと、その無理、無駄のない雄弁な動きを見て感じ入る。スッと立っただけで、我々が抱く信長のイメージを体現している。バレエの身体が持つ高貴さと優雅さ、傲慢さと硬質さが、信長の存在そのものを現しているのだ。

 そこに追い従うように絡んでくる岩田守弘は、まさに秀吉の器用さや気配rmr146り、目配り、巧緻な様を表す。岩田の振付は、バレエを基礎にしながらも和楽器を使った邦楽の演奏にすんなり馴染み、それぞれの個性を際立たせながら物語を進めていく。この二人に対峙するのが、藤間蘭黄の斎藤道三・明智光秀である。バレエについてもよく知る蘭黄は、日本舞踊の動きでありながら、バレエの空間に広がっていく動きにしっかりと絡み、互いの特徴を減ずることなく役どころを主張し合う。そして蘭黄の演出は、日本の劇場構造を知り尽くしたもので、花道やすっぽんを巧みに使って舞台空間を縦横に広げ、イマジネーションを膨らませる。彼らのコラボレーションは、しばしば目にする形だけの異文化コラボレーションとは全くことなる、互いをリスペクトし十分に知ったうえで活かしあうものだ。

 その背景は何か。もちろん長年の交流があり、互いの芸術に対する知識と理解があるが、秘密は彼らの優れた音楽性にあるのではないだろうか。洋楽に慣らされてしまった普通の日本人は、洋楽のように明瞭なリズムやメロディをもたず、融通無碍に伸び縮みする邦楽では踊りにくい。ところが、蘭黄はもちろんだが、岩田もルジマトフも邦楽に入り込み、カウントに縛られることなく自在に踊っているのだ。「比叡山焼き討ち」のシーンを始めたときのこと、動き始めのポーズを取りながら琴の音を聞いていたルジマトフが急に、「no energy! no energy!」と苛立つように言い出して、胸をかきむしりながら歩き始めた。rmr385そして、「心臓がつかみ出されるような音をくれ!」と注文を付けたのだ。比叡山焼き討ちを決意し、秀吉に命じる信長の内面をつかみ、役になりきった自分を動かす力を持つ音楽を欲していたのだろう。

 一方で、音の密度を高め、音量を増していくことで盛り上げていく洋楽とは異なり、「間」によってドラマを盛り上げ、「息を詰める」ことで緊迫感をましていく邦楽の表現方法にも、バレエの二人は自然に溶け込んでいる。いかに音を盛り込むかではなく、いかに間を作るか、いかに息づき、そこで生じる内面のドラマを動きへと転換するかを、三人は舞踊様式は異なるものの、見事に共有しているのである。

 彼らの踊りをさらに美しく、スタイリッシュに見せるのが、デザイン界で注目を浴びているFACETASMの衣装であり、足立恒の照明である。さまざまな楽しみ方、見方ができる今回の贅沢な公演。是非、劇場で実際の舞台を見て、音楽を聞き、彼らの呼吸と間を共に経験してほしい。(2015/10/09 稲田奈緒美) 以上の写真は「ダンススクエア」のご厚意により掲載します。



inatan77 at 03:49公演の見どころ 
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