March 18, 2013

黒沢美香&ダンサーズ公演 ミニマルダンス計画3『大きな女の踊り』

余分な技術、装飾を排してミニマルな動きでダンスを成立させることは、決して容易ではない。余分なものを削ぎ落とすほどに露わになってくるのは、ダンスの骨格とダンサーの身体を浸すその人となりであり、それを引き出す振付家の技量と思想である。それらのダンスを味わい尽くすことができたのは、黒沢美香の構成・演出・振付、黒沢美香&ダンサーズの出演による『大きな女の踊り』であった。



シアターXの舞台前面に珍しく、ゴージャスなカーテン幕がかかっている。この劇場でも黒沢の公演でも、これまで開演前に舞台が幕で覆われていることはあまりなかったように思う。その奥に何が隠されているか、期待が高まる。開演時間が過ぎても客電は明るく、観客は日常の延長のままでいるところへ、白くデコラティブな衣装を着た若くかわいい女性ダンサーが一人、客席後方のドアから入り、身振りを交えながら、舞台へゆっくり歩み寄っていく。そこへ客席下手側のドアが開いて、大音量とともに女性ダンサーたちが登場し、一人ひとり、隊列をなしてシンプルなポーズを作り、舞台上のカーテンの前を横切っていく。彼女たちの容姿も年齢も実にさまざま。白髪交じりのご婦人もいれば、脂ののったダンサーも、長身痩躯もその逆もいて、まったく“ダンサーの規格”から外れているのだが、やや緊張しながら胸を張った面持ちは、実に晴れやかである。カラフルな衣装と、その生地の下で形が露わになっている乳房もまぶしい。乳房は髪型や顔と同じように、女性一人ひとりの個性を表し、年齢を感じさせるものでもある。男性三人が混じっており、これまた多様で個性的ながら、女性たちにはかなわない。タイトル通りに、一人ひとりの存在が「大きな女の踊り」なのである。

彼女たちの踊りは極めてシンプルだ。大きく一歩踏み出しながら腰を落とす、床に手を付けて腰を高く上げる、ジャンプして低い体勢を取るなど、ミニマルなものだ。にも関わらず、見るものを引き寄せる吸引力を持つのは、黒沢の構成、演出力にほかならない。その後、カーテンが開けられた何もない舞台で、ダンサーたちはグループになり、デュオになり、トリオになりと構成を変えながら踊っていく。真摯さを伴って飄々と、熱意をもって淡々と動きが積み重ねられ、踊りになっていくのである。

最後のシーンでは、全員がそれぞれの動きをひたすら繰り返す。腕を振るもの、走りこんでジャンプするもの、腕を高く突き上げるもの……。一つ一つのミニマルな動きが、あちらこちらでループを描くように繰り返され、時空が膨張していくことで、徐々に勤勉なるカオスができあがる。厳格にカオスを作り上げるというルールのもとに、ダンサーたちによって確実に遂行されたそれは、観客を陶然とさせる。やがて、ダンサーが一人、また一人と動きの繰り返しを止めて、その場に立ち尽くす。あと数人のみが腕を振り続けるだけ、という状態になってくると、観客は「いつ、どうやって止めるのか」が気になってくる。ミニマルな動きの繰り返しは、通常のダンスと違って何らかのフレーズも筋もないため、終わりが読めない。それが退屈さを招くか、予測不能なスリルをもたらすか、振付とダンサー次第なのだ。

最後の一人が動きを止め、静寂に包まれたところで、一人のダンサーが走りこんでカーテンをつかみ、舞台の幕を閉じる。規格はずれのダンサー一人ひとりへの、予測不能ゆえに怪訝なまなざしが愛着とも呼べるものへ転化していくような、厳格なるカオスを堪能したダンスであった。(稲田奈緒美 2013/2/28 1930シアターX



inatan77 at 03:41舞台評 
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