November 29, 2010
【公演情報】今年はどこの『くるみ割り人形』を観ますか?
2010年12月の『くるみ割り人形』公演紹介
2010年の12月に行われる『くるみ割り人形』の公演は、私の知っているものだけで50回になります。この数字がどの程度のものか、過去にさかのぼって調べてみました。
2001年 43回
2002〃 49〃
2003〃 51〃
2004〃 82〃
2005〃 60〃
2006〃 70〃
2007〃 47〃
2008〃 48〃
2009〃 72〃
2010〃 50〃
ということになりました。今年もかなりの数になりますが、例年よりもやや少ない方だということがわかります。新国立劇場バレエ団は、『くるみ割り人形』の代わりに『シンデレラ』を上演します。いつもはベジャール版の『くるみ割り人形』を見せてきたチャイコフスキー記念東京バレエ団ですが、今年は『M』の上演となりました。名古屋の松岡伶子バレエ団は『白鳥の湖』を年末に上演します。外来バレエ団による『くるみ割り人形』が、今年はレニングラード国立バレエ〜ミハイロフスキー劇場だけ。こういうことが重なって、例年よりも若干少なくなったのでしょう。
まず東京地区から。おなじみになっているものとしては、10〜12日の牧阿佐美バレヱ団(ゆうぽうとホール)、11、12日の井上バレエ団(文京シビックホール)、18、19日のNBAバレエ団(なかのZEROホール)、22〜25日の松山バレエ団(ゆうぽうとホール)、23〜26日の熊川哲也K-BALLET COMPANY(赤坂ACTシアター)、23〜25日のバレエ・シャンブルウエスト(八王子・いちょうホール)、25、26日の東京シティ・バレエ団(ティアラこうとう)、25、26日の小林紀子バレエ・シアター(メルパルク・ホール東京)、そして10日に市ヶ谷の教会の小さなホールで今年も『くるみわり人形』を上演するサイガバレエと、選り取り見取りの盛況です。
日本各地に目を転ずると、兵庫の貞松・浜田バレエ団、名古屋の越智インターナショナルバレエ、川口節子バレエ団、宮下靖子バレエ(深川秀夫版)などがそれぞれ地元のファンのために舞台を用意しています。さらに変わり種として、5日のベラーム・ステージ・クリエイトの多胡寿伯子版『くるみ割り人形』(ゆうぽうとホール)もあります。18、19日のフェアリー・バレエ(メルパルク・ホール東京)は、膳亀利次郎、本間直樹の演出。どんなことになるのか、ちょっと予想がつきません。
出演者でどれを見るかを決めるという人のために、以下に各公演のデータを記しました。
2010年12月の『くるみ割り人形』
◆12月05日SUN 15:30 ベラーム・ステージ・クリエイト(ゆうぽうとホール)演・振=多胡寿伯子 くるみ割り人形=黄凱 雪の女王=伊藤範子 王子=斎藤拓 金平糖の精=西田佑子 ドロッセルマイヤー=沢木順 同時上演『Roy's Memorial』振=多胡寿伯子
◆12月05日SUN 15:30 貞松・浜田バレエ団(太子町立文化会館あすかホール)クララ=竹中優花 王子=武藤天華 ドロッセルマイヤー=川村康二
◆12月10日FRI 19:00 牧阿佐美バレヱ団(ゆうぽうとホール)演・振=三谷恭三 金平糖の精=田中祐子 王子=京當侑一籠 雪の女王=茂田絵美子
◆12月10日FRI 19:30 17:30 サイガバレエ(ルーテル市ヶ谷センターコンサートホール)作・出=雑賀淑子 出=ウタコ、大谷けい子、小林伴子、時田ひとし、有馬百合子、鈴木恵子、木室陽一、北原俊一 他 奏=福田一雄、福田雅夫 他
◆12月11日SAT 15:00 牧阿佐美バレヱ団(ゆうぽうとホール)演・振=三谷恭三 金平糖の精=日高有梨 王子=逸見智彦 雪の女王=坂本春香
◆12月11日SAT 15:00 松山バレエ団(神奈川県民ホール)出=森下洋子、清水哲太郎 他
◆12月11日SAT 17:00 井上バレエ団(文京シビックホール大ホール)振=関直人 金平糖の精=宮嵜万央理 王子=カルロス・ロペス(ABT) 雪の女王=田中りな 雪の王子=藤野暢央 ドロッセルマイヤー=堀登
◆12月11日SAT 15:00 レニングラード国立バレエ〜ミハイロフスキー劇場(千葉県文化会館)
◆12月12日SUN 15:00 牧阿佐美バレヱ団(ゆうぽうとホール)演・振=三谷恭三 金平糖の精=青山季可 王子=宮内浩之 雪の女王=米澤真弓
◆12月12日SUN 15:00 井上バレエ団(文京シビックホール大ホール)振=関直人 金平糖の精=西川知佳子 王子=カルロス・ロペス(ABT) 雪の女王=田中りな 雪の王子=藤野暢央 ドロッセルマイヤー=堀登
◆12月12日SUN 15:00 レニングラード国立バレエ〜ミハイロフスキー劇場(パルテノン多摩)
◆12月16日THU 18:30 レニングラード国立バレエ〜ミハイロフスキー劇場(練馬文化センター)
◆12月18日SAT 15:00 NBAバレエ団(なかのZERO大ホール)演・振=安達哲治 金平糖の精=関口純子 王子=アルガイスフ・ハンガイ クララ=今橋知子 ドロッセルマイヤー=ワレリー・グーセフ 指=榊原徹 奏=東京劇場管弦楽団
◆12月18日SAT 15:00 松山バレエ団(府中の森芸術劇場どりーむホール)出=森下洋子、清水哲太郎 他
◆12月18日SAT 18:00 フェアリー・バレエ(メルパルク・ホール東京)演=膳亀利次郎、本間直樹 出=アンナ・アクニョーヴァ、ヤン・ガドフスキー 他
◆12月18日SAT 18:30 貞松・浜田バレエ団(神戸文化大ホール)クララ=安原梨乃 王子=弓場亮太 女王=瀬島五月 王=エルフィンストン ドロッセルマイヤー=貞松正一郎
◆12月18日SAT 13:30 レニングラード国立バレエ〜ミハイロフスキー劇場(グリーンホール相模大野)
◆12月19日SUN 15:00 NBAバレエ団(なかのZERO大ホール)演・振=安達哲治 金平糖の精=菅原翠子 王子=セルゲイ・サボチェンコ クララ=米津舞 ドロッセルマイヤー=ワレリー・グーセフ 指=榊原徹 奏=東京劇場管弦楽団
◆12月19日SUN 17:00 フェアリー・バレエ(メルパルク・ホール東京)演=膳亀利次郎、本間直樹 出=アンナ・アクニョーヴァ、ヤン・ガドフスキー 他
◆12月19日SUN 15:30 貞松・浜田バレエ団(神戸文化大ホール)クララ=竹中優花 王子=武藤天華 ドロッセルマイヤー=川村康二
◆12月19日SUN --:-- 豊田シティ・バレエ団(豊田市民文化会館大ホール)
◆12月22日WED 18:30 松山バレエ団(ゆうぽうとホール)出=森下洋子、清水哲太郎 他
◆12月23日THU【天皇誕生日】17:00 熊川哲也:K-BALLET COMPANY(赤坂ACTシアター)マリー姫=松岡梨絵 王子=宮尾俊太郎 クララ=神部里奈 ドロッセルマイヤー=ステュアート・キャシディ
◆12月23日THU【天皇誕生日】11:30 松山バレエ団(ゆうぽうとホール)出=山川晶子、鈴木正彦 他
◆12月23日THU【天皇誕生日】17:00 松山バレエ団(ゆうぽうとホール)出=平元久美、鈴木正彦 他
◆12月23日THU【天皇誕生日】14:00 バレエ シャンブルウエスト(いちょうホール)演・振=今村博明、川口ゆり子 金平糖の精=楠田智沙 王子=佐藤崇有貴 雪の女王=田中麻衣子 クララ=松田彩奈 フリッツ=石原稔己 出=吉本真由美、松村里沙、橋本尚美、逸見智彦、舩木城、山本帆介、染谷野委、土方一生、深沢祥子、大田恵 他
◆12月23日THU【天皇誕生日】18:30 バレエ シャンブルウエスト(いちょうホール)演・振=今村博明、川口ゆり子 金平糖の精=山田美友 王子=正木亮羽 雪の女王=深沢祥子 クララ=柴田実樹 フリッツ=出井龍之介 出=吉本真由美、松村里沙、橋本尚美、逸見智彦、舩木城、山本帆介、染谷野委、土方一生、田中麻衣子、大田恵 他
◆12月23日THU【天皇誕生日】15:00 谷桃子バレエ団(野田市文化会館大ホール)演・振=谷桃子 金平糖の精=佐々木和葉 王子=今井智也 クララ=木田玲奈
◆12月23日THU【天皇誕生日】12:30 レニングラード国立バレエ〜ミハイロフスキー劇場(東京国際フォーラムA)演=ボヤルチコフ 金平糖の精=サビーナ・ヤパーロワ
◆12月23日THU【天皇誕生日】16:30 レニングラード国立バレエ〜ミハイロフスキー劇場(東京国際フォーラムA)演=ボヤルチコフ 金平糖の精=オクサーナ・シェスタコワ
◆12月23日THU【天皇誕生日】14:00 越智インターナショナルバレエ(中京大学文化市民会館プルニエホール)芸術監督=越智實 出=越智久美子、越智友則 他
◆12月23日THU【天皇誕生日】18:00 川口節子バレエ団(愛知県芸術劇場大ホール)構・振=川口節子 振=クリストファー・ストウェル、ダマラ・ベネット クララ=小澤祐貴子 金平糖の精=加藤亜弥 雪の女王=太田沙樹 指=稲垣宏樹 奏=中部フィルハーモニー交響楽団
◆12月23日THU【天皇誕生日】17:00 宮下靖子バレエ(京都会館1)構・演・振=深川秀夫 芸術監督=宮下喜久子 金平糖の精=石田絢子 王子=アンドレイ・クードリャ クララ=井澤照予 出=吉田ルリ子、水野宏子、大寺資二、窪田弘樹、有家和代 他
◆12月24日FRI 18:30 熊川哲也:K-BALLET COMPANY(赤坂ACTシアター)マリー姫=荒井祐子 王子=橋本直樹 クララ=星野姫 ドロッセルマイヤー=Nヴィユージャーニン
◆12月24日FRI 18:30 バレエ シャンブルウエスト(いちょうホール)演・振=今村博明、川口ゆり子 金平糖の精=大田恵 王子=染谷野委 雪の女王=松村里沙 クララ=川口まり フリッツ=神野洸一 出=吉本真由美、橋本尚美、逸見智彦、舩木城、山本帆介、土方一生、田中麻衣子、大田恵 他
◆12月24日FRI 18:30 レニングラード国立バレエ〜ミハイロフスキー劇場(神奈川県民ホール)
◆12月24日FRI 18:00 越智インターナショナルバレエ(中京大学文化市民会館プルニエホール)芸術監督=越智實 出=越智久美子、越智友則 他
◆12月25日SAT 18:30 小林紀子バレエ・シアター(メルパルク・ホール東京)演・振=小林紀子 監修=ジュリー・リンコン 金平糖の精=島添亮子 奏=東京ニューフィルハーモニック管弦楽団
◆12月25日SAT 14:00 熊川哲也:K-BALLET COMPANY(赤坂ACTシアター)マリー姫=東野泰子 王子=浅田良和 クララ=前田真由子 ドロッセルマイヤー=ステュアート・キャシディ
◆12月25日SAT 18:00 熊川哲也:K-BALLET COMPANY(赤坂ACTシアター)マリー姫=松岡梨絵 王子=宮尾俊太郎 クララ=神部里奈 ドロッセルマイヤー=ステュアート・キャシディ
◆12月25日SAT 11:30 松山バレエ団(ゆうぽうとホール)出=佐藤明美、鈴木正彦 他
◆12月25日SAT 17:00 松山バレエ団(ゆうぽうとホール)出=森下洋子、清水哲太郎 他
◆12月25日SAT 13:00 17:00 東京シティ・バレエ団(ティアラこうとう大ホール)クララ=橘るみ 金平糖の精=志賀育恵 コクリューシュ王子=黄凱 くるみ割り人形の王子=岸本亜生 ドロッセルマイヤー=青田しげる
◆12月25日SAT 16:00 バレエ シャンブルウエスト(いちょうホール)演・振=今村博明、川口ゆり子 金平糖の精=川口ゆり子 王子=逸見智彦 雪の女王=吉本真由美 クララ=田島栞 フリッツ=押田柊 出=松村里沙、橋本尚美、舩木城、山本帆介、染谷野委、土方一生、田中麻衣子、大田恵 他
◆12月25日SAT 12:30 レニングラード国立バレエ〜ミハイロフスキー劇場(東京国際フォーラムA)演=ボヤルチコフ 金平糖の精=アナスタシア・ロマチェンコワ
◆12月26日SUN 17:00 小林紀子バレエ・シアター(メルパルク・ホール東京)演・振=小林紀子 監修=ジュリー・リンコン 金平糖の精=高橋怜子 奏=東京ニューフィルハーモニック管弦楽団
◆12月26日SUN 14:00 熊川哲也:K-BALLET COMPANY(赤坂ACTシアター)マリー姫=浅川詩織 王子=遅沢佑介 クララ=日向智子 ドロッセルマイヤー=ステュアート・キャシディ
◆12月26日SUN 15:00 東京シティ・バレエ団(ティアラこうとう大ホール)クララ=坂本麻実 金平糖の精=若生加世子 コクリューシュ王子=キム・ボヨン くるみ割り人形の王子=春野雅彦 ドロッセルマイヤー=青田しげる
(山野博大)
※公演日程および配役は2010年11月22日現在のものです。
K-BALLET COMPANY 熊川哲也版の『くるみ割り人形』
12月23−26日 赤坂ACTシアター
熊川哲也が芸術監督を務めるK-BALLET COMPANYの『くるみ割り人形』は、ファンタジーとして完成された世界である。まず目を見張るのは、同バレエ団の舞台美術、衣装デザインをたびたび手掛けてきた、ヨランダ・ソナベンド、レズリー・トラヴァースによる華麗な舞台美術だ。大きなガラス窓で囲まれたシュタールバウム家の広間、巨大なツリー、仕掛け時計、大階段などが、一気に観客をファンタジーの世界へと誘い、物語の展開に連れて転換し、変化するそれらの舞台美術と、それを最大限効果的に見せる照明と衣装が、さらに人々に魔法をかける。これらには数億円という予算が投じられているのだが、金額の多少が舞台の完成度を高めるわけではないだろう(もちろん非常に重要だが)。肝要なのは、明確な世界観を芸術監督が持ち、それを伝え、具現化する才能を結集できるかどうかであり、このバレエ団は確かにそれを可能にしている。そうして出来上がった舞台は、表層的なリアリズムや豪華さでも、奇抜さを狙ったトリックでもなく、洗練された美意識と世界観の上に構築された、もう一つの完成された世界になるのである。
一方、物語の運びや踊りそのもの、音楽がそれに見合うものでなければ、この世界はすぐに瓦解する。そこで熊川は、ホフマンの原作『くるみ割り人形とねずみの王様』に立ち返り、バレエでは曖昧になりがちな物語の展開や登場人物の心理、その背後にある原作者の意図などを吟味した。結果として、熊川版『くるみ割り人形』では、物語は19世紀初めの人形の国から始まることになった。ねずみたちと領地争いをしていたこの国では、ねずみの王様によって、マリー姫はねずみに、婚約者の近衛兵隊長はくるみ割り人形に変えられてしまう。唯一その呪いを解くことができる純真無垢な心の持ち主を捜しに、ドロッセルマイヤーが人間の世界に赴き、シュタールバウム家のクリスマスパーティーでクララと出会うことになるのである。
こうして整えられた舞台と物語は、ダンサーたちがそれぞれの役柄の心情を十分に理解しながら踊り、オーケストラがダンサーと一体になって情感豊かに演奏することを可能にした。もちろん、ダンサーはそこに独自の解釈を施して、自分ならではのクララ、くるみ割り人形/王子、マリー姫、ドロッセルマイヤーを造形し、また、人形の国の登場人物や、シュタールバウム家の人々になり切って、このファンタジーの世界を作り上げるのである。
今年のマリー姫とくるみ割り人形/王子のペアは、「松岡梨絵、宮尾俊太郎」「東野泰子、浅田良和」「荒井祐子、橋本直樹」「浅川紫織、遅沢佑介」。物語の鍵を握るドロッセルマイヤーはスチュアート・キャシディ他、クララは神戸里奈他。豪華で神秘的なファンタジーの世界に、時がたつのを忘れそうだ。(稲田奈緒美)
※公演日程および配役は2010年11月22日現在のものです。
東京シティ・バレエ団 石井清子版の『くるみ割り人形』
12月25−26日 ティアラこうとう
東京シティ・バレエ団はイワノフの原型を基底とした、石井清子版である。クララとくるみ割り人形、金平糖の精とコクリーシュ王子の2カップルが登場するのが特徴だ。更に、パーティーのシーンは子役(通称「客間のクララ」)、雪の国以降はバレエ団のダンサーと、クララが二人一役で踊られる点も珍しい。お菓子の国に到着する前に、波の精の場面が加わる。今年は12月25日と26日、例年通りティアラこうとうで上演される。
石井版は何よりも振付けが魅力的だ。パとパを並列につなげるのではなく、シークエンスで構成されているため、しなやかに動くダンサーの動きが栄える。例えば二幕のあし笛の踊り。前奏の後の四小節は、最初のステップが次に繋がり、さらに続くステップを呼ぶ、といったように、パの流れが有機的に関連し合っている。シークエンスとして構成される振付けはパ・ド・ドゥにも生かされ、一幕の「クララのパ・ド・ドゥ」は音楽性豊かで美しい。
本作の振付けの妙は、ステップ単独の面白みだけではない。音楽との融合も見事である。チャイコフスキーは依頼の際、プティパによる台本と詳細な作曲注文書を受け取っており、それ故か曲中には踊りや芝居の「きっかけ」となる音が随所にちりばめられている。石井版は作曲家が曲中に立てた"フラグ"を次々と探り当て、鮮やかに踊りに変える。例えば一幕中盤のねずみの場面。ファゴットとピッコロの掛け合いに、ねずみたちのちょこまかした脚さばきや両足を揃えたジャンプがマッチして可愛らしい。二幕の「花のワルツ」では、中盤に現れるフルートの主題と直後のドラマチックな弦楽器のメロディが、クララの少女らしい憧れが恋に変わる描写として巧みに用いられる。「クララの初恋」を意図する演出は他の版でも見られるが、オーソドックスなワルツのステップで恋の始まりを描く本作は、数ある版の中でも特に心に残る。
「くるみ割り人形」と言えば多くの場合、子供が活躍するバレエである。本バレエ団は例年8月にオーディションを行い、9月から毎日曜日にリハーサルを重ねる。昨年は総勢124人の子供たちが出演した。リハーサルはパートの練習に留まらない、質の高いトレーニングなのだろう。正しいタンジュや、引き上がった上半身など、バレエの基礎を丁寧に踊る子供たちの姿は感動的だ。指導陣と出演者の保護者で構成される「ティアラ”くるみ“の会」が子供たちのステージを支えている。
本年は、金平糖の女王、コクリューシュ王子、クララ、くるみ割り人形、客間のクララの順に、25日の昼夜二公演を志賀育恵、黄凱、橘るみ、岸本亜生、松本佳織、26日の昼公演を若生加世子、キム・ボヨン、坂本麻実、春野雅彦、川口和香がそれぞれ演じる。(隅田有)
※公演日程および配役は2010年11月22日現在のものです。
番外編 オーストラリア・バレエ団
グレアム・マーフィー版の『くるみ割り人形―クララの物語―』
この冬に上演されるわけではないが、変わり種の“くるみ”を一つ。2010年10月に来日したオーストラリア・バレエ団によるグレアム・マーフィー版である。なぜ“変わり種”かというと、まず、クララが年老いている。正確に言うと、老齢のクララが回想する形で、幼少期、青年期、老年期と、クララが3人登場する。そして、幕開きの舞台がオーストラリアである。南半球だけに、クリスマスを祝っているのは真夏だ。
ロシア人で元バレリーナのクララはクリスマスパーティーの途中で具合が悪くなり、横になって眠ってしまう。夢の中で彼女は、ロシアでの幼少時代、プリマとしての栄光、ロシア革命で亡くなった恋人、そしてバレエ・リュスの一員としてオーストラリアへやってきたことなどを回想する。
マーフィー版は、振付けよりもストーリーと演出が素晴らしい。見所は1幕だ。自宅でのクリスマスパーティーの場面がメインで、彼女が老齢の仲間たちと一緒にマトリューシュカを手に踊ったり、プリマ時代の映像を映写機で上映したり、ほのぼのとしてユーモアたっぷりだが、過去の栄光にひたりつつも具合が悪くなり、老いを感じずにはいられないクララの姿に目頭が熱くなる。クララが倒れて眠ってしまうと、場面は一転、夢の中になる。かつて愛した将校が出てくるが、彼はくるみ割り人形のようにネズミたちに襲われてしまう。その前景に紗幕が重なり、ロシア革命の映像が流される演出が見事だ。
2幕では、マリインスキー劇場でクララがプリマとして活躍する華々しい日々と彼女がバレエ・リュスの一員として世界中を周って、オーストラリアにやってくる道筋が描かれる。つまり、この“くるみ”は、オーストラリア・バレエ団誕生の物語となっているのだ。
主役が老齢のクララ、クリスマスを祝うのが真夏であるなどの大胆な構想を上手くまとめ、最後にはバレエ団の誕生に結びつけるというマーフィーの手腕に脱帽。そして、この作品を観ると、“くるみ”は単なる子ども向けの夢物語ではなく、大人が郷愁にひたる舞台でもあるということを再認識させられる。(吉田香)