舞台評

June 07, 2017

『ジゼル』をもとにした柳家花緑によるオリジナルの落語と、東京シティ・バレエ団がコラボレートした舞台が上演された。本作の初演は2015年。再演の今回はタイトルに"新"が加わり『新・おさよ』。東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の生演奏が付いた。続きを読む

outofnice at 20:00

April 09, 2017

前夜の公演終了後、パリ・オペラ座の新エトワールがアナウンスされたというニュースに、会場は沸いていた。昇進したのはマチュー・ガニオの代役を務めたユーゴ・マルシャン。日本の舞台でのエトワール任命は初である。
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outofnice at 23:23
当初予定のプログラム順が変更になり『中国の不思議な役人』から始まった。タイトルロールは木村和夫。登場の際の、手首から先を振るわせる異様な姿が強烈だ。不気味な男だが五分丈のシャツから伸びる腕はエレガントで、肌が見えている部分には女性的な柔らかさもある。脚の長いスラリとしたスタイルでありながら、しっかりと腰が入り、動きには隙がない。全身のコントロールが見事だ。これまで見た木村の舞台の中でも、特に心に残るパフォーマンスだった。今回が本役の踊り納めというのはいかにも残念である。木村以外の出演者も素晴らしかった。特に冒頭の群舞は、集団の迫力に加えて一人一人の自己主張もあり、エネルギーに溢れていた。幕開きの群舞が観客の心を掴み、それ以降の良い流れを作るのは、昨年10月の『ザ・カブキ』とも共通する。
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outofnice at 23:22

April 07, 2017

 出雲大社は縁結びの神様として知られる。そのお膝元にある出雲市民会館で、日本舞踊と西洋音楽、神話とオーケストラが“ご縁”あって結ばれ、豊かな実りをもたらした。そのきっかけを作ったのは、いわば神話のトリックスターとして出雲の外からやってきたプロデューサー、音楽監督、舞踊家、作曲家であるが、元々の土壌がなければ生まれない。フィクションである出雲神話を、素朴な信仰心によって生活に取り入れながら伝えてきた人々と風土があり、かねてより小中学校の部活動からアマチュア社会人まで音楽(合唱、ブラスバンド、オーケストラなど)が盛んであった出雲市の文化の蓄積があればこそである。地域独自の伝統、伝承、風土という文化資源をベースに、現代的(西洋近代的あるいはグローバル)な芸術文化が出会い、試行錯誤を重ねながら創造され、発信されたのがこの公演、作品である。

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inatan77 at 19:07

April 05, 2017

南インドの中心都市のひとつベンガルール(バンガロール)で、第8回を迎えるアタカラリ・インディア・ビエンナーレ 2017が開催された。主催するAttakkalari Centre for Movement Artsは、振付家・芸術監督のJayachandran Palazhyの指揮の元、コンテンポラリーダンスのカンパニー、スクール、レジデンス、批評紙の発行などを行っている組織。ベンガルールは歴史的に英国の影響を強く受け、現在ではインドのIT産業の中心地になったとはいえ、この国でコンテンポラリーダンスを広め、ダンサー、振付家を育成し、観客を獲得してきた経緯には多くの苦労がしのばれる。今回、ビエンナーレを案内してくれた松尾邦彦氏は、アタカラリの創成期から映像スタッフとしてコラボレートしてきたため事情に詳しく、アタカラリの人々からの信頼も厚い。ベンガルールという都市は近年目覚ましく発展しているが、このコンテンポラリーダンスのフェスティバルも質量ともに大幅に進歩したそうで、日本では望めないほどの充実したプログラムだった。

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inatan77 at 21:13

March 05, 2017

昨年は年明けにガラ『ニューイヤー・バレエ』があったが、今年はひと月遅れてこのタイトル。第一部『テーマとヴァリエーション』のプリンシパルは小野絢子と奥村康祐が務めた。小野は足元から上半身への動きの繋がりが素晴らしい。ポーズに入ってからも、腕は音が続く限り遠くに伸びてゆくようで、バランシンらしい優美さが感じられた。コール・ド・バレエは、一人一人の技術は高いが、4人並ぶとだれかが前に飛び出すなど、時折ラインの乱れが気になった。幾何学的な美しさが際立つ後半は、控えめながらも高揚感が立ち上がった。
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outofnice at 14:11

February 08, 2017

王の愛妾と奴隷の不貞を描いた同名のバレエのストーリーは全く追っていない。勅使川原三郎がルルベで腕を高く伸ばし身体を長く見せるようなポーズをとったり、エキゾチックな舞踊に見られるような指先を強調した動きをしたり、その指を頰から自身の身体を這わせたり、最後に10秒足らず佐東利穂子と絡んだりするところに若干のエロティシズムとバレエへのオマージュが垣間見らえる。また、要所要所で激しい波音が入り、テシガーラ&サトー版の『シェラザード』は、リムスキー・コルサコフの交響組曲同様、海がモチーフではある。しかし、バレエを観慣れて、音楽に聴き馴染みのある者をも、先入観から解き放ち、徹底的に自由に、純粋に、音楽に寄り添った作品となっている。

彼らは、旋回しながら流れるように縦横無尽に動くのが特徴だが、今作では立ち位置を固定した動きを多用しているところに面白みがあった。勅使川原は目に見えない“気”を取り入れているようであり、空気を切って結界を張る祈祷師のごとく、実に力強い。佐東はフラメンコのように、ステップを踏む。ニュートラルな表情が多い彼女が鬼気迫る形相である。場所が固定されている分、観客の目は彼女の身体に集中する。四肢と体幹それぞれの筋肉が個別に螺旋を描くように動いている。「ああ、この人はまた一段高みに昇っていくのだな」と感じずにはいられない。佐東が海の渦に巻かれ、消えてしまう。波際に打ち寄せられた男=勅使川原は何度スポットが当たっても目を覚まさない。美しい最後であった。

 (吉田 香 2017/01/07 20:00 カラス アパラタス)


jpsplendor at 23:40

November 28, 2016

 今年で3回目を迎える『三陸国際芸術祭2016』(略して「サンフェス」)のメインプログラムが、9911日、岩手県大船渡市で開催された。昨年までの碁石海岸から今年は会場を移し、地元主催の「大船渡復興 北東北三大まつり」、「リアス・ウェーブ・フェスティバル」とも連携して、市内の各所で様々なイベントが展開された。また、その前には芸術祭と並行して行われている『Sanriku-Asian Network Project−東北とアジアを芸能で結ぶプロジェクト』(略して「サンプロ」)も行われており、様々な地域、国の多様な人々が出会い、交流し、創造する、熱気と笑顔にあふれた催しとなった。筆者は2014年、2015年と拝見して、東北の郷土芸能の素晴らしさ、地元の人々と現代のダンスが出会って生まれたコミュニティダンスに感銘を受け、それが地域に果たす役割などをレポートした。( http://www.dance-times.com/archives/cat_51451.html?p=3 を、是非お読みいただきたい) 今年は祭りの内部に入り込み、交流と創造の現場に参加することができたので、内側から見て、経験したことをレポートしたい。

少々長くなるので、以下の小見出しから、ご興味に応じてお読みいただければ幸いである。(稲田奈緒美)

 

*〈習いに行くぜ!東北へ!!−永浜鹿踊 り−〉

永浜鹿踊りを3人のアーティストが習いに行く

永浜地区での鹿踊と祭りは別のもの?

*〈末崎地区 門中組虎舞との交流〉

地域の子供から大人までが参加する門中組の虎舞

楽譜やビデオでは伝承できない太鼓の奏法

*海外招聘アーティストによる交流プログラム

フィリピンの高校生と地元の小学生の交流

少女の感情を解放した祭りの場で生まれた踊り

*コミュニティダンス・プログラム「親子ダンス」作品〈光の中へ、うさぎが跳ねる時〉

コミュニティダンスをダンサーとして踊り、サポートする

同調圧力を振り払い、多様な人々の多様な踊りを認める

コミュニティダンスの芸術的価値の模索

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inatan77 at 15:37

November 19, 2016

金森穰の演出、平田オリザの脚本、Noism1の振付。演劇と舞踊を組み合わせた“劇的舞踊”の第三弾である。演劇を取り入れたのは「社会化する(大衆化でなく、社会的問題提起をする)為である」と、プログラムやインタビュー等で金森は語っている。金森の作風とはあまり接点が見出せない平田オリザの脚本が加わることで化学反応が起こり、それが成し遂げられるのだろうか。そして、バレエの中でも一際エキゾチックかつドラマティックで、これまた平田のイメージとは相容れない『ラ・バヤデール』を底本にして、どんなアレンジが施されるのだろうかと興味津々で公演に向かった。続きを読む

outofnice at 11:24

November 18, 2016

『ホフマン物語』(2010年)『カルメン』(2014年)に続く、金森穣振付の"劇的舞踊"シリーズ三作目。前二作は広く知られた原作とオペラがあり、本作にも有名なバレエがあるが、原作はない。そこを平田オリザの書き下ろした脚本で肉付けし、静岡県舞台芸術センター(SPAC)から3名の役者を迎えて上演した。続きを読む

outofnice at 07:00
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