August 30, 2020

新国立劇場バレエ団《こどものためのバレエ劇場 2020》森山開次振付『竜宮』〜亀の姫と季の庭〜


新国立劇場バレエ団《こどものためのバレエ劇場 2020》で上演された森山開次振付『竜宮』が、2012年から芸術監督をやってきた大原永子の最後の公演となった。《こどものためのバレエ劇場》は、2009年4月の『しらゆき姫』が最初だった。これは小倉佐知子の振付を牧阿佐美が監修したもの。台詞入りでストーリーを進め、子供たちにバレエという舞台芸術の最初の一歩を気軽に踏み出させようという意図が込められていた。新国立劇場バレエ研修所で上演したものを仕立て直し、芝居部分を三輪えり花が、ダンス部分を小倉が作った。ヨハン・シュトラウスの音楽を巧みに使いまわして楽しさを盛り上げた福田一雄の働きもあった。

大原は、2012年7月に小倉佐知子振付、牧阿佐美監修『シンデレラ』で、この子供向けの企画を引き継ぐ。オリジナルを大幅に短縮し、ぬいぐるみが登場したりするこの作品は、新国立劇場ばかりか日本各地でも上演されるヒット作となった。大原は、好評だった『しらゆき姫』を2014年にオペラパレスの大舞台で再演する。さらに2015年には『シンデレラ』も再演し、2016年には大原自身が振付を担当して子供向けの『白鳥の湖』を新制作する。子供に分かりやすいように各幕の冒頭にナレーションを入れ、飽きないようにあちこちをはしょって全体を短くした。しかし見せ場となるダンス・シーンはしっかりと残し、名作の全体像を損なうことはなかった(台本改訂=佐藤弥生子)。

大原は、2017年にも『しらゆき姫』を再演し、日本各地の大劇場でも上演する。そして今回の《こどものためのバレエ劇場》は、森山開次振付の新作『竜宮』だった。これまで上演してきた『しらゆき姫』『シンデレラ』『白鳥の湖』は、いずれもクラシック・バレエの入門編という位置づけだったが、『竜宮』にはコンテンポラリー分野の森山を振付に起用した。

森山開次は、2000年、山崎広太作品のダンサーとして登場する。当時、彼は26歳。2001年に、アサヒ・アートスクエアで自作の『夕鶴』を踊り、和風のテーマで舞台を創るコンテンポラリー・ダンサーとして注目される。

2003年9月の《新国立劇場ダンスプラネット》ダンスコンサート“舞姫と牧神達の午後”で、加賀谷香と組み『弱法師』を踊る。このコンサートは、当時の現代舞踊界の注目株だった蘭このみ・清水典人、平山素子・能美健志、内田香・古賀豊、軽部裕美・島地保武という男女ダンサーのデュエットを並べたプログラムだった。彼はその一角を占めたのだ。以後《ダンスプラネット》の常連となり、さらにミュージカル、演劇、新作能から、ファッション・ショーのアトラクションなどへ、活動の領域を広げて行く。

2009年2月、《ダンスプラネット》“森山開次作品集”で『弱法師 花想観』『OKINA』『狂ひそうろふ』を、2012年10月、《新国立劇場2012/2013シーズンダンスオープニング:森山開次》“曼荼羅の宇宙”で『書』『虚空』を、2015年6月、《新国立劇場2014〜2015シーズンダンス:森山開次》で『サーカス』を上演するうちに、彼の和の感覚を盛り込んだ振付は、新国立劇場のダンス部門で重要な地位を占めていた。

また彼は、セルリアンタワー能楽堂《伝統と創造シリーズ》の『Shakkyou』、アーキタンツ公演の『HAGOROMO』、KAAT神奈川芸術劇場の『不思議の国のアリス』など、各方面の創造的な舞台で、児玉北斗、平山素子、近藤良平、田中泯、大島早紀子、宇野萬、小野寺修二、津村禮次郎、酒井はな、白井晃といった日本の舞踊界の多彩な才能と出会う。そこで得た手法を自分の個人リサイタルで試し、踊りの幅を広げた。そして2013年、芸術選奨文部科学大臣賞・新人賞、松山バレエ団顕彰・芸術奨励賞を同時受賞する。40歳だった。

『竜宮』は、《こどものためのバレエ劇場》でコンテンポラリー系統の振付者による最初の作品となった。森山の、新国立劇場ダンス部門での評価が高かったので、当然の成り行きとも考えられる。しかし、大原は芸術監督としての最後の舞台にバレエ以外の彼を使ったのだ。スタッフとして、振付補佐に湯川麻美子、貝川鐵夫という《こどものためのバレエ劇場》に最初から関わっていたベテラン二人を据えた。新国立劇場バレエ団は、バレエ・マスターに陳秀介、バレエ・ミストレスに遠藤睦子、プリンシパル・ソリスト・コーチに菅野英男という常任のスタッフをそろえている。そればかりか、大原自身がバレエの世界を長く生きてきた大ベテランなのだ。『竜宮』で森山がはたしてどこまで自分を出すことができるのかが心配になる布陣だった。

和風の舞台に紋付羽織姿の時の案内人(貝川鐵夫)が登場し、この作品の大事なポイントが時間であることを観客に知らせる。彼は舞台の進行役だった。舞台は型通りに、浦島太郎(渡邊峻郁)が島の子どもたちにいじめられている亀を助けるところから始まる。竜宮城のプリンセスだった亀(木村優里)は、浦島を海底の御殿に誘う。接待係のフグ(奥田花純、五月女遙)、用心棒のサメ(井澤駿、福田圭吾)、女将のタイ(本島美和)、大勢の舞妓の金魚などの魚たちが舞い踊る。ダンサーたちの動きは、ほぼバレエ仕様で進むが、森山は美術、衣裳、演技、照明、プロジェクション・マッピング、音響などの技法を使いこなして自分のペースを守った。多彩な経験が生きていた。

夢のような時間の経過。しかし御殿で故郷の四季に想いをはせた浦島は、家に戻りたくなってしまう。浜辺にたどりついた浦島。長い時間が経っていた。玉手箱を開けた浦島は、突然老人に…。しかしこのバレエはハッピーエンドで締めくくられた。森山は、子ども向けの作品であることを忘れていなかった。『竜宮』は、新国立劇場の特級の人材を、森山がさまざまな出会いで身につけた手法を駆使して仕上げた、特製の《こどものためのバレエ》だった。

(山野博大 2020/7/25 新国立劇場 オペラパレス)

jpsplendor at 19:13舞台評 
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