April 09, 2020

加藤みや子の今を見せた造形作家(金沢健一)とのコラボレーション『帰点』


加藤みや子ダンススペースが新作『帰点』を上演した。加藤は、アフロ・ジャズダンスの第一人者、森嘉子のところで舞踊をはじめている。森は当時、日本の現代舞踊を代表するソロの名手、彭城秀子の門下だった。しかし森は、加藤の教育を藤井公・利子夫妻に託してアメリカへ。加藤は藤井夫妻のところで才能をのばし、1966年頃から東京創作舞踊団公演で藤井公作品の主要パートを踊るようになる。文化庁の在外研修で新しい舞踊の動向に触れ、1977年、29歳で加藤みや子ダンススペースを立ち上げ、独自の舞踊を探し始める。

70年代の日本の舞踊界をにぎわせたポスト・モダンダンスをはじめ、加藤は新しい舞踊表現の方法を探し続け、『白い壁の家』(1992年)、『植物の睡眠』(1997年)、『点と遠景とカンタータ』(2002年)、『笑う土』(2007年)、『赤い土』(2010年)、『あなたについていく』(2017年)などの佳作を残してきた。

『帰点』は、加藤が異色の彫刻家、金沢健一と出会ったことでできた作品だった。冒頭、シモ手に立つ金沢が空色に輝くガラス玉をテーブルにこすりつけて発する不思議な「音」が聞こえてきた。中央の大テーブルの上に加藤が立ち、それに反応した。金沢の美術、音響と、加藤みや子ダンススペースの踊りとの融合反応が『帰点』を生んだ。

金沢は、鉄、ステンレス、アルミニウムなどの金属を使って作品を創る造形作家だ。そこで使う金属が発するさまざまな「音」も作品の一部なのだ。加藤が立っていた大テーブルの金属の表面に置かれた多数のボールが、またさまざまな「音」を発し、ダンサーの肉体を刺戟した。西名糸江、立花あさみら、加藤みや子ダンススペース創立以来の古参の面々がテーブルを囲んでボールをもてあそび、男性トップの木原浩太がその下から這い出して踊りに加わった。舞台に奥行きを与える斎藤香の照明が、時の経過を作り出し、その中で創立40年超の加藤みや子ダンススペースのベテランから若手までが自分の踊りをやり切った。ひとつの型にはめ込まない加藤のダンス教育の成果を示すにぎやかな世界が、いろいろな形で金沢の「作品」と関わった。しっかりと区切りをつけて場面をつなぐダンスの積み重ねが生み出す快適なリズム感が『帰点』の空間を広げて行った。

ダンスを堪能したところで、オープニングの加藤と金沢のやりとりを思い出させる場面があり、彼女のソロとなった。これまで見てきた加藤の諸作品でも同様の場面があり、エンディングを迎えたことが思い出された。彼女は少女時代からソロに生きる「ダンサー」だった。師の藤井夫妻が主宰する東京創作舞踊団で、何度も主役のソロ・パートを踊った。また最近では、森嘉子との共演の機会をいろいろと作り、そこで森の他をよせつけない独特の風格に、自分のダンスを対置することも試みている。加藤は「記憶に刻まれた帰点を探す。鉄のテーブルに話を吐き出して…。〈中略〉でもあるのは今、この時だけ」とダンス・ノートに記す。彼女は永年積み重ねてきた舞踊的蓄積を、金沢の「音」を触媒に使って最後のソロに凝縮し、今の自分をさらけ出した。

(山野博大 2020/2/29 俳優座劇場)

jpsplendor at 22:37舞台評 
記事検索