August 19, 2019

井上バレエ団が『シルヴィア』全幕の上演に挑戦

井上バレエ団が『シルヴィア』の全幕を上演した。このバレエは1876年、メラントの振付、ドリーブの作曲により、パリ・オペラ座で初演された。サブタイトルに「あるいはディアナのニンフ」とあるように、このバレエは、狩猟・貞操・月の女神であるディアナに付き従うニンフのひとりシルヴィアの行状を描いたもの。それを、石井竜一の演出・振付により日本の舞台に久しぶりによみがえらせたのだ。

日本では、今から63年前の1956年11月に服部・島田バレエ団が『シルヴィア』を初めて上演した。古藤かほると小倉礼子がダブルでシルヴィアを踊り、島田廣がアミンタだった。私は小倉の日を見たのだが、舞台の高いところに掛けられた橋を、シルヴィアたちニンフの一隊が駆け抜けるところで、彼女が橋掛かりから落ちるというアクシデントがあった。誰もが、もうこれでバレエは中止だろうと覚悟したが、小倉は怪我もなく次の場面に元気に登場して観客をほっとさせ、同時に驚ろかせたのだった。

ドリーブの美しい音楽に魅かれて、このバレエに取り組んだ振付者は少なくない。しかし神話のからむストーリーが難物で、そのほとんどが後に残らなかった。私は、英国ロイヤル・バレエ団のアシュトン版、日本の新国立劇場バレエ団のビントレー版以外のものを見ていない。1956年の服部・島田バレエ団、そして井上バレエ団の石井竜一は、とても難しい仕事に取り組んだことになる。

第1幕「聖なる森」、第2幕「オリオンの館」、第3幕「ディアナの神殿」と、ていねいにストーリーを追って舞台を進めた。石井竜一は、2017年8月の日本バレエ協会《全国合同バレエの夕べ》で、東京支部のために『シルヴィア』を振付けている。これは、ドリーブの音楽を使ったシンフォニック・バレエで、ストーリーを追っていなかった。しかし、彼はこの時のドリーブの音楽との関わりを忘れることができず、自分の『シルヴィア』全幕を創りたくなったのだろう。

シルヴィアを、田中りな(20日)と源小織(21日)、アミンタを、荒井成也(20)と浅田良和(21)、オリオンを、米倉佑飛(20)と檜山和久(21)、エロスを、越智ふじの、ディアナを、大島夏希(20)と福沢真璃江(21)が踊った。私は21日を見た。

第1幕、第2幕のドラマ仕立てのシーンでは、ベテランの浅田と檜山がドラマの芯を作り、それにシルヴィアの源、エロスの越智、ディアナの福沢をからめて、ストーリーを手際よく進めた。はなやかなダンスの見せ場のある第3幕は、コール・ド・バレエのがんばりもあり、エロスが仕組んだシルヴィアとアミンタの愛の結実の場面を楽しく見ることができた。ストーリーのポイントは、シルヴィアとアミンタの愛を認めたがらないディアナに、エロスが『デイアナとアクティオン』の故事を思い起こさせて、丸く収めるところにある。このあたりの様子を、ギリシャ神話になじんでいる西欧の観客は容易に理解できるが、日本での上演となると、さらに何か余分な「説明」を考えるところだ。しかし、石井竜一は、日本向けの配慮をあえてしなかった。余計なことを加えると、全体のバランスを壊すことになると考えたのだろう。

舞台は再演を繰り返すことによって観客との距離を縮める。我々が彼の『シルヴィア』になじめるようになるまで、ぜひ再演を続けてほしい。舞台美術をもっとクラシックな作りにすると、アシュトン版などと肩を並べる日本バレエの『シルヴィア』が、よりいっそう早く出来上がるのではないかと思う。冨田実里の指揮、ロイヤルチェンバーオーケストラの演奏による上演だった。

(山野博大 2019/7/21 文京シビックホール)


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