June 01, 2017

砂澤ビッキの木彫、能藤玲子のダンスの出会い『風に聴く』

 神奈川県立近代美術館葉山で開催されている砂澤ビッキ展《木魂を彫る》(2017年4月8日〜6月18日)関連の催し物として、能藤玲子ダンスパフォーマンス『風に聴く』が行われた。砂澤ビッキは北海道旭川の生まれ。195060年には、油絵を描きモダンアート協会展等で活躍した。しかし1970年以降の円熟期には木彫に専念し、自然との交感を形に顕したモニュメンタルな作品を次々と発表した。

 札幌で行われた能藤玲子創作舞踊公演『風に聴く』に、巨木を船のように横たえた周囲に人体を思わせる4本の柱を立てた素朴かつ力あふれる砂澤ビッキの木彫が参加したのは1986年のこと。この作品には、広瀬量平作曲の「尺八とオーケストラのための協奏曲」が使われていた。その1時間半の大作を、今回は25分ていどに短縮して上演した。

 砂澤ビッキ展の会場には、楢の巨木からえぐり出した代表作の『神の舌』をはじめとする、木の質感をそのまま残し、人間の生活感と馴染ませた作品が並んでいた。もっとも奥のスペースの中央に『風に聴く』だけが置かれていた。それがダンスの場だった。大人数の観客が壁に沿って立ち並び、開演を待った。

 能藤玲子舞踊団の稲村泰江、五十嵐里香、東佐由理、伊藤葉子、斉藤千春、伊藤有紀が登場して、ゆるやかにスペースの周囲を回り、木彫の置かれた場所によって、生きものの気配に濃淡の違いがあることを示した。この6人は北海道の大地に吹く風となり、木彫と調和して風景の一部と化した。

 黒衣(衣裳=菅野律子)の能藤が進み入り、床を踏みしめつつ木彫の各所を経めぐった。彼女は大自然の中に立ち、風を聴いた。同時に展示されていた砂澤ビッキの裸婦のデッサンには、人間の体温を感じさせる官能的な線の美しさがあった。その生々しさを能藤は彼の木彫の中から引き出した。広瀬量平作曲の尺八の音色が微妙な風の強弱を感じさせた。木彫とダンスが同化して、美術館の一室に巨大な北海道の空間が現れた。

 能藤玲子は、1931年網走の生れ。51年に邦正美に師事し、59年に札幌で独自の舞踊を創りはじめた。芸術祭優秀賞を受賞した『流氷伝説』(1996年)をはじめ、『鎮める太陽』(99年)、『葦の行方』(2002年)、『藍の河原』(04年)などの佳作を発表し、北海道のはてしない空間とそこを移動する人間を舞台空間に収め、悠久の時の流れを表現した。

 彼女の群舞の作りには師匠の邦正美譲りの感じがある。しかし自身のソロはどこまでも独自に創り上げてきたもの。南の地神奈川県葉山での砂澤の木彫と能藤のダンスの出会いは、しばし時の経過を忘れさせる至福の瞬間だった。(山野博大 2017/5/13 神奈川県立近代美術館葉山DSCN3651

◆写真は、終演後に会場入り口付近で能藤玲子氏、砂澤ビッキ未亡人、出演者らと撮ったもの。



inatan77 at 17:54
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