April 25, 2016
高知パフォーミング・アーツ・フェスティバル2016 日英豪国際共同製作 世界初演《ZERO POINT》記者発表
2016年4月11日（月）、東京のスタジオ・アーキタンツにて、ダレン・ジョンストン演出・振付による『ゼロ・ポイント』の制作発表が行われた。ジョンストンの他、高知県立美術館館長・藤田直義、ダンサーの酒井はな、島地保武が登壇し、その後、公開リハーサルが行われた。本作は、高知県立美術館でジョンストンが2013年にアーティスト・イン・レジデンス（AIR）を行い、その成果としてロンドンのバービカンシアターで行われたショーイングの好評を受けて実現したもの。これから東京（アーキタンツ）での滞在制作によって新たなメンバーと共に作品を創り上げ、初演を6月25、26日に高知県立美術館ホールで行った後、2017年2月には、オーストラリアのパース国際芸術祭で、5月にはロンドンのバービカンシアターで上演される予定である。作品の内容についても、地方でのAIR事業の成果としても興味深いので、この2点についてレポートする。
まずは、ダレン・ジョンストンについて。彼はロンドンのラバンでダンスを学んだ後に活動を始め、『Ren-Sa』(2005)は、エディンバラ・フェスティバルでヘラルド・エンジェル賞を受賞し、ロンドンの主要劇場や海外のフェスティバルでのAIRや委嘱作品上演を行っている。映像、音楽、美術などを取り入れた実験的、ジャンル横断的なダンス作品が特徴である。
実はダレン、かつて2006年頃だと思うが、某大学で行われたコンテンポラリーダンスの振付・映像に関するワークショップ、シンポジウムで来日している。その際、企画、運営を筆者が行ったため、ロンドンでの打ち合わせで『Ren-Sa』などの記録映像を見て、彼の振付や創作の方法と考えを話し合いながら、ワークショップの内容などを決めた。当時の彼の日本に対する興味は、『Ren-Sa』という作品に表れているように、日本のホラー映画にフォーカスされていた。この作品には、白いワンピース、長い黒髪で顔を覆ったまま踊る女性ダンサー（その一人が白井麻子さん）が登場しているが、安易な物まねではなかった。観客は窓を覆ったバスで会場へ運ばれ、見ず知らずの建物内をめぐりながら、映像やインスタレーションと共にそのようなダンサーに出会い、映画から彼が得たインスピレーションで構成された世界を体験することになる、というものだった。
今回、ダレンとは10年ぶりくらいに再会したのだが、記者会見で話す内容も印象も随分異なっていた。その内容については、筆者の他にも多くの舞踊批評家やメディアが参加していたので、そちらを読んでいただきたい。ここでは勝手ながら筆者の印象に残ったこと、ダレンと直接話したことを中心に記したい。（但し、筆者の英語力は極めて怪しいので誤解もあるだろうことをお断りしておく）
本作は、記者発表時のリリースによれば「お遍路巡りをはじめとした高知でのリサーチや制作を糧に」「再生や儀式にまつわる東洋的な思想や、量子力学の概念である『ゼロ・ポイント（零点）』の科学的/霊的な解釈に着想を得た儀式的空間を描き出し、観るものを瞑想の旅へと誘います」とのことである。その起点となったのは、ダレンによれば「ベルリン滞在中、ミニマリズム・アートの影響を受けたこと」。契機は、今回音楽を担当するティム・ヘッカーの音楽を大聖堂で聞いたところ、実際は低周波を使ったものだったが、音が身体性を持っている印象を受けたこと。そして、音がダンサーのエモーションではなくエネルギーの源になると思った、という。
筆者が共感したのは、音の身体性、物質性への着目であり、エモーションを喚起する音楽として使われるのではなく、エネルギーの源として作品に取り込みたいとのダレンの発言である。筆者はたまたま、3月19日に劇団地点による《スポーツ劇》（KAAT）で音楽監督・三輪眞弘の音楽を聴き、翌日に《Just Composed 2016 in Yokohama〜現代作曲家シリーズ「接続せよ！」》（横浜みなとみらい小ホール）で同氏作曲による「369ハルモニア�供廚鯆阿�、同じような体験をしたばかり。音が物質的に広がり、空間を満たしていくような体験を、前者ではドライな規則の中から滲み出るように、後者では湿度や光を伴うプリミティブで触覚的なものとして体験したのだ。本作では、抽象から生まれるプリミティブな身体性へと向かう振付家と音楽家、それを浴びて踊るダンサーに期待したい。
このような作品の構想が生まれたのは、ダレンは高知での3カ月間のレジデンス体験が大きいことを述べている。特に、最初の2か月は音作りが主だったため、スタジオに隔離されたような状態だったが、その間、お遍路の笠をかぶって水田の畦道を歩くなどの体験をしたことが重要だったそうだ。記者会見後に直接話したところ、『Ren-Sa』を作ったころの日本への興味は「dark side」だったが、「僕の人生も変わり、アートも日本への関心も変わったんだ」と言っていた。
公開リハーサルでは、ダンサー全員に硬いボールを体の上で移動させるイメージから動きを作る指示を出し、ついつい動きを作ってしまうダンサーに対しては、明確に「solid ball」が身体に触れているイメージから作るように言っていた。曖昧なイメージで振付を考えたり、動くのではなく、明瞭な質感とフォルムを伴う動きを求めたのだろう。また、酒井はなを相手にもう一つの振付方法として、ダレンが即興的に簡単なフレーズを作り、それを酒井がコピーしながら、フレーズを次々に積み重ねていくというものを紹介した。「彼女はそっくりコピーする必要はなく、僕の動きからエッセンスを取り出して彼女のやり方で動けばいいんだ。彼女は素晴らしいバレエダンサーなんだから」というようなことを言っていったが、まさしく酒井はダレンのクネクネとした線の太い動きを真似ながらも、自分の動きに変えていき、フレーズを繋いで繰り返すごとにラインが洗練されていく。それが、ダレンが記者発表で語っていた、「NYCB（バランシン）の線の美しさを使いたい」ということだろう。そのため、この作品ではオーディションに集まった約160名からバレエダンサーとコンテンポラリーダンサーを選んでいる。短い二つのピースを、それぞれコンテンポラリーダンサー5名、バレエダンサー3名で踊って見せてくれたが、それぞれの振付は異なりながら、動きの明瞭さ、美しさという特徴は共通していた。
さて、もう一点。何故、高知県立美術館でこのように有意義なAIRが可能となり、目覚ましい成果に結びついたのだろうか。実は、ブリティッシュ・カウンシルによって国内の劇場等のプロデューサー10名が英国研修を行い、AIR事業の事例を見学するという機会があり、その際に同美術館担当者がダレンと出会ったのだそうだ。ブリティッシュ・カウンシルは以前にも、コミュニティダンスやオーケストラのアウトリーチ活動などの英国研修を行っており、それを契機として日本での普及に弾みがついた。何らかのモノや舞台、芸術を見せるのではなく、英国内の劇場・芸術団体等で創られた様々な事業の仕組み、制度について紹介し、宣伝普及しているのだろう。このような芸術文化のソフトパワーの中でも、最もソフトな事業を成立させるシステムとネットワークの紹介が、いかに効果的か再確認できた。日本には、世界に誇れる芸術文化はジャンルとして、作品として、舞台として数多いが、果たして世界に誇れる、それらを創造、運営する制度、仕組み、ネットワークはどれだけあるのだろうか、と考えざるを得ない。
いずれにしても、AIR事業によって高知から世界へ向けて発信されるこのダンスと、それを可能にした人々とシステムを楽しみながら注視したい。（稲田奈緒美 2016/04/11 スタジオ アーキタンツ）
