May 11, 2010

舞踊を知り、学ぶための基本的な文献リスト

以下は、『演劇研究センター 2006年度報告書1』(早稲田大学 演劇博物館21世紀COEプログラム〈演劇の総合的研究と演劇学の確立〉、2007年)に掲載されたリストを元に、ダンス・スタディーズ研究会の参考資料として新たに追加、訂正して作成した、基本的な舞踊文献リストです。メンバーに関心の高いバレエについては、独立してリストと簡単な文献解説を加えました。ご活用ください。無断転用は禁止します。

文責・稲田奈緒美(2008年4月)


I  舞踊全般の辞書、事典、ハンドブック類(日、英、仏、露、独語の順)

【日本語】

『バレエ音楽百科』小倉重夫編、音楽之友社、1997

『改定新版 ダンス・ハンドブック』ダンスマガジン編、新書館、1999

『邦楽舞踊辞典』渥美清太郎編、冨山房、1956

『日本舞踊辞典』郡司正勝編、東京堂出版、1977

『舞踊手帖』古井戸秀夫、新書館、2000(初版は駸々堂出版、1990)

『これだけは知っておきたい 世界の民族舞踊』宮尾慈良、新書館、1998

『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイド』乗越たかお著、作品社、2003



【英語】

International Encyclopedia of Dance, Cohen, Selma Jeanne (founding ed.), Oxford University Press, 1998. 6vols.(Paperback版、2004)

The Oxford Dictionary of Dance, Craine, Debra and Mackrell, Judith, Oxford University Press, 2000.(Paperback改編版、2005)

Dictionary of the Dance, W.G. Raffe, A.S. Barnes and Company, New York, Thomas Yoselofe Ltd., London, 1964, 1975

The Concise Oxford Dictionary of Ballet, Koegler, Horst, Oxford University Press, Oxford University Press, 1977.(独語による原著初版は1972、Paperback2版、1982)

The Dance Handbook, Allen Robertson & Donald Hutera, G.H. Hall&Co., 1990

The Complete Guide to Modern Dance, McDonagh, Don, Doubleday, 1976.(Paperback版は、Don McDonagh's complete guide to modern dance , Popular Library, 1977)

International Dictionary of Modern Dance Edition 1, Taryn Benbow-Pfalzgraf, Glynis Benbow-Niemier (Editor) ,St. James Press, 1998



【仏語】

Dictionnaire de la danse, Le Moal, Philippe, Larousse, 1999



【露語】

Balat:Entsiklopediya, Yuri Grigorovich(ed.), Sovetskaya Entsiklopediya, 1981

Russkly balat: entsiklopediya, Belova, Dobrovolskaya, Krasovskaya, Suritz, Chernova(eds.), Soglasie, 1997



【独語】

Tanz Lexikon : Volkstanz, Kulttanz, Gesellschaftstanz, Kunsttanz,Ballet Tanzer, Tanzerinnen, Choreographen, Tanz- und Ballettkomponisten von den Anfangen bis zur Gegenwart, hrg. Schneider Otto. Mainz ; Tokyo : Schott 1985.

Reclams Ballettlexikon. Hrg. Horst Koegler. Stuttgart : Reclam 1984.



II  バレエを主とした文献

*バレエ、モダン・ダンス史、概論、作品解説(英・仏・日語の順で、著者名アルファベット順)

(1) Anderson, Jack, Ballet & Modern Dance : A Concise History , Hightstown, Princeton Book Company, 1986 『 バレエとモダンダンスその歴史』 湯河京子訳, 音楽之友社, 1993年

(2) Au, Susan, Ballet & Modern Dance, 1988, London, Thames and Hudson, 1997, 2nd ed. 2002

(3) Balanchine, George and Mason, Francis, 101 Stories of the Great Ballets, Doubleday, 1954

(4) Bull, Deborah and Jennings, Luke, Ballet, Faber and Faber Limited, 2004 

(5) Carol, Lee, Ballet in western Culture: A History of its origins and evolution, 2002, New York and London, Routledge

(6) Clarke, Mary and Clement Crisp, Ballet : An Illustrated History, 1973, London, Adam and Charles Black, 1978??

(7) Kirstein, Lincoln, Four Centuries of Ballet: Fifty Masterworks with 474 illustrations, 1984, New York, Dover Publications, Inc., 

(8) Christout, Marie-Françoise, Histoire du Ballet, Paris, Presses Universitaires de France, 1966 『バレエの歴史』佐藤俊子訳、白水社、1970年

(9) Rousier, Claire et Nathalie Lecomte et Laurence Louppe et Florence Poudru et Elisabeth Schwartz, L’Histoire de la danse: repères dans le cadre du diplôme d’État, 2000, Paris, Centre national de la danse

(10) Robinson, Jacqueline, L’aventure de la danse moderne en France (1920-1970), 1990, Clamecy, Editions Bouge

(11)『モダンダンスの歴史』海野弘著、新書館、1999

(12)佐々木涼子『バレエの歴史 フランス・バレエ史―宮廷バレエから20世紀まで』学習研究社、2008年

(13)『世界のダンス―民族の踊り、その歴史と文化』ジェラルド・ジョナス著、田中祥子・山口順子訳、大修館書店、2000

(14) 鈴木晶『バレエ誕生』新書館、2002年



*基本的な研究書(著者のアルファベット順。研究者向け)

(15) Foster, Susan Leigh, Choreography and Narrative, Ballet’s Staging of Storey and Desire, 1996, Indiana, Indiana University Press, 

(16) Guest, Ivor, The Romantic Ballet in Paris, 1966, Middletown, Connecticut, Wesleyan University Press, Sir Isaac Pitman & Sons Ltd., 1966

(17) Guest. Ivor, The Ballet of Enlightenment: The Establishment of the Ballet d’Action in France, 1770-1793, 1996, London, Dance Books

(18) Garafola, Lynn, Diaghilev’s Ballet Russes, 1989, New York, Oxford, Oxford University Press

(19) Galafola, Lynn ed., Rethinking the Sylph: New Perspectives on the Romantic Ballet, 1997, University Press of New England

(20) Hilton, Wendy, Dance of Court & Theater: The French Noble Style, 1690-1725, 1981, London, Dance Books



III  バレエ文献リストの解説

バレエ史の基本文献としては専門的な研究書が少ないため、上記のように(1)から(14)まで通史、概説書、作品解説を英語、仏語、日本語の順で挙げた。バレエ史のみを扱う文献と、バレエとモダン・ダンスを合わせて扱う文献があり、対象のジャンルと歴史はそれぞれ異なる。また、日本語訳のある文献は、オリジナルの後に続けて記載した。

最も刊行年が古いのは、フランスのバレエ史研究の第一人者、クリストウによる(8)Histoire du Ballet である。イタリアのルネサンス期における宮廷バレエから、「現代のバレエ」として1960年代までのソ連(当時)、イギリス、デンマーク、ドイツ、イタリア、米国までを対象としている。日本語訳は新書版(文庫セクジュ)で出版されており、バレエ史を概観するのに相応しいが、図版がないため具体的なイメージを思い描くことは難しいだろう。それに対して、1970年代に英語圏で出版された、(6) Ballet : An Illustrated History、(7) Four Centuries of Ballet: Fifty Masterworks with 474 illustrations は豊富に図版を掲載しており、舞台美術、ダンサーの動き、衣装など視覚的な要素を提示することで読者の理解を助けている。(6)の対象は宮廷バレエから、1970年代当時の「現代バレエ」までである。(7)は1970年に Movement & Metaphor : Four Centuries of Ballet として刊行された書籍の改訂版であり、宮廷バレエから1960年代までの主要なバレエを作品ごとに詳述している。著者はバランシンをアメリカに招聘し、現在のニュー・ヨーク・シティバレエ団、アメリカン・バレエ・スクールを創設した、アメリカ・バレエの功労者。

(3) は、バランシンが書いた101に及ぶ詳細な作品解説、(4)は元バレリーナのデボラ・ブルが自ら踊った経験を元に書いた作品解説。ただし、著者の執筆当時にレパートリーから外れている作品は記されていない。上演が途絶えている古い作品や過去の舞踊家を探すには、その当時の文献に当たる必要がある。

(1) Ballet & Modern Dance : A Concise History 、(2) Ballet & Modern Dance はバレエとモダン・ダンスを対象としている。(1)は古代ギリシア、ローマから説き起こし、現代の章ではごく簡単にではあるが、ピナ・バウシュや日本の舞踏までを視野に入れながら、1980年代まで紹介している。それぞれの記述は簡略化されているが、時代ごとに関連する文献の抜粋が掲載されており有用である。(1)は宮廷バレエから1980年代までを対象にコンパクトにまとめ、図版も多く掲載されており使いやすい。

(5) は大学で舞踊を専攻する学生向けに執筆された。1970年代以降に舞踊史研究で盛んになった、フェミニズム、ジェンダー論、カルチュラルスタディーズ、ポストコロニアリズム論等の成果を踏まえて執筆されており、コンテクストとしての西欧文化へ射程を広げている。著者は元バレエ・ダンサー、振付家であるため、バレエ史の概説に留まらず、時代に応じて進化、変化してきた技術面の記述もあり、バレエ史を立体的に概観することができる。

(9) L’Histoire de la danse: repères dans le cadre du diplôme d’État, はフランス語の舞踊史概説書。前半はルイ14世の宮廷バレエ、作品論、ジャズ・ダンスまでトピックごとの論文で構成され、現代的な視点によって舞踊史を再考している。後半は、いわば舞踊史年表だが、社会、政治、芸術等の歴史的事象と平行しながら、舞踊に関する出来事、人名、作品、様式、テクニック等の項目ごとに記載しており、舞踊史を多角的に捉えるために有用である。(10) L’aventure de la danse moderne en France (1920-1970) はこれまであまり陽の当たらなかったフランスのモダンダンス史である。1998年には英訳も出版された。

(11)から(14)は日本語の文献。『モダン・ダンスの歴史』は、作家ごとに時代背景までを含めて記している。『世界のダンス―』は、バレエも民族の踊りとみなして世界の様々な舞踊を紹介した翻訳書。『バレエの歴史』は、宮廷バレエから20世紀までを詳細に考察したバレエ史。『バレエ誕生』は海外のバレエ史研究の成果を活かした文献だが、一般書として執筆されているため、平易で読みやすい半面、引用元が不明である。

(15)から(20)までは、基本的なバレエ史の研究書である。著者のアルファベット順に挙げてあるが、バレエ史の研究史を辿るために、刊行年を追って解説する。

バレエ史の実証的研究によって、多くの歴史書を記したのはイギリスの研究者、アイヴァ・ゲストである。パリのロマンティック・バレエ研究の基本書である(16) The Romantic Ballet in Parisから、時代ごとのダンサー、振付家に関する書籍、ロンドンのロマンティック・バレエ、時代を遡って18世紀のバレエ・ダクシオンを扱った(17) The Ballet of Enlightenment: The Establishment of the Ballet d’Action in France, 1770-1793 など、1960年代から現在に至るまで、英語、仏語の一次資料を綿密に研究しながら精力的にバレエ史を記している。ゲストに代表される実証主義的な研究者によって開拓されたバレエ史の領野は、現代の研究者にとっても非常に有用である。

ところでバレエは、身体を媒体とする舞台芸術であり、演じられると同時に消え行くものである。20世紀以前は映像資料が存在しないため、従来の研究は主として各時代のダンサー、振付家らの伝記や日記、観客、批評家による印象記や批評、プログラム、リーフレット等の上演資料、あるいはバレエ教師が記した教則本などを一次資料とする歴史研究が行なわれてきた。しかしながら、これらの文献研究では実際にダンサーがどのようなステップ、動きを、いかに踊ったかという、様式、技法面の研究には限りがある。そこで、現存する図版、舞踊譜等の図像資料を一次資料とする研究の必要性が生じる。 (20) Dance of Court & Theater: The French Noble Style, 1690-1725は、宮廷バレエの形態である18世紀前後のバロック・ダンスについて、フイエとラモーの舞踊譜を用いて研究したものである。舞踊譜を緻密に解読することにより、身体各部位の動き、方向、音楽性(時間性)、空間における軌跡等が明らかにされた。舞踊譜は記号化されたノーテーションを実際の動きに解読するスキルがなければ解明できないため、貴重な研究成果である。その他、ラバンが考案したラバノーテーションや振付家が独自に記した舞踊譜を分析、解読する研究、さらに舞踊譜からの作品復元を通して、より具体的、実践的な研究も試みられている。

第一世代の研究者らによる歴史研究の成果を活かしつつ、舞踊学以外の学問の知見を取り入れて、バレエ、モダン・ダンス、ポスト・モダン・ダンス等の舞踊を社会的、文化的、歴史的コンテクストの中で再考する研究が活発になったのは、1970年代以降と考えてよいだろう。フェミニスト理論、社会学(エリアス、フーコー、ブルデュー等)、人類学(ミード、モース、ダグラス等)、美学、哲学、現象学(メルロ・ポンティ)、記号論、批評理論(バルト等)などの方法論、概念を借用、引用しながら、多角的な研究が始まったのである。その後は、カルチュラルスタディ、ジェンダー論、ポストコロニアリズム論等の批評理論が牽引力となりながら、バレエ史を含む舞踊研究が盛んになっている。その成果の例として、以下の3文献をあげた。

(15) Choreography and Narrative, Ballet’s Staging of Storey and Desireは、18世紀初頭から19世紀のロマンティック・バレエの代表作『ジゼル』まで、すなわちオペラから分離して物語バレエとして確立されるまでのパリにおけるバレエを、カルスタ的手法によって考察した文献。理論と実践を結びつけて従来の資料を読み直し、作品を構成する振付、美術、衣装等を舞台上、あるいは舞台裏からの視点で具体的に分析しながら綿密に分析している。(18) Diaghilev’s Ballet Russesは、20世紀初頭のバレエに革命を起こしたバレエ・リュスに関するカルスタ的研究である。その芸術性、事業としての経営面、観客論によって、バレエ・リュスの全体像を捉えようとしている。さらに(19) Rethinking the Sylph: New Perspectives on the Romantic Balletは、ジェンダー論、ポストコロニアリズム等の批評理論を用いながら、ロマンティック・バレエを再考した論文集である。フェミニズム、ナショナリズム、パリやロンドン以外の周辺地域での状況、当時のメディア、衣装、シューズとの関係など、新たな視点によってロマンティック・バレエ研究の地平を広げた。

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