November 16, 2020


熊川哲也 Kバレエ カンパニーが、3年ぶりに『海賊』を再演した。このバレエは、バイロンの詩劇「海賊」に着想を得てジョゼフ・マジリエが振付け、1856年パリ・オペラ座で初演した。しかしその後プティパの改定などがあり、近年ではロシアのバレエとして全幕の上演が行われることが多くなっている。

2007年、熊川哲也は海賊の首領コンラッドの腹心の部下アリの活躍を際立たたせた独自のバージョンを、メドーラ=吉田都、コンラッド=スチュアート・キャシディ、アリ=熊川哲也の配役で上演した。コンラッドが裏切り者のランケデムに撃たれるところで、アリがその前に立ちはだかり犠牲になるシーンが、衝撃を観客に与えた。今回の公演チラシでも、アリを演ずる山本雅也、伊坂文月、関野海斗3人の写真が最も大きく扱われており、熊川版『海賊』は、アリを中心に組み立てられたバレエであることが、明らかだった。

私が見た15日の配役は、メドーラ=成田紗弥、コンラッド=堀内將平、アリ=山本雅也、グルナーラ=小林美奈、ランケデム=石橋奨也、ビルバント=西口直弥、サイード・パシャ=ビャンバ・バットボルトだった。初演から13年を経た熊川版『海賊』は、手際のよいストーリー展開と活気あるダンス・シーンをリズミカルに融合した絶妙の仕上がりで、最近来日したウィーン国立バレエ(2018年5月、マニュエル・ルグリ版)、イングリッシュ・ナショナル・バレエ(2017年7月、アンナ=マリー・ホームズ版)、ミハイロフスキー劇場バレエ(2016年1月、ファルフ・ルジマトフ版)などにまさるみごとな出来栄えだった。

(山野博大 2020/10/15 オーチャードホール)

jpsplendor at 22:02短評舞台評

November 15, 2020


バレエシャンブルウエストが、第88回定期公演で今村博明・川口ゆり子振付の『コッペリア』を再演した。幕が開くと、ポーランドのガルシア地方の、とある村の風景。2016年から使っているヴァチェスラフ・オークネフの舞台美術が、はなやかな雰囲気を漂わせた。

スワニルダを川口まり、フランツを藤島光太、コッペリウスを正木亮が演じた。川口まりは、2017年の『くるみ割り人形』で定期公演の主役デビューを果たし、その後の着実な成長ぶりが見込まれ、スワニルダに指名された(清里の野外バレエでは他にもいろいろと踊っている)。小柄でかわいらしいタイプだが、しっかりした動きを身につけており、芝居もできる。

バレエシャンブルウエストが定期公演で『コッペリア』を初めて上演したのは1996年だった。スワニルダ役の川口ゆり子、吉本真由美の着実な演技が手堅いストーリー展開と調和し、オークネフの美術・衣裳となじんで安心して見ていられるレパートリーの一本となっている。その後を川口まりら、次の世代が担って行くことになった。フランツの藤島光太は、四国高松の樋笠バレエ出身。勢いのある舞台さばきが爽やかだ。そして今回コッペリウスを演じた正木亮は、時に優雅な雰囲気を漂わせるところもあり、新しい役作りへの意欲がうかがえた。

市長の逸見智彦、村の人ソリストの山田美友、コッペリアの石本紗愛、時のワルツのソリストの柴田実樹と江本拓、夜明けの石原朱莉、祈りの石川怜奈、伊藤可南、河村美希、キューピッドの近藤かえでなど、新旧の団員がひとつになって、次の時代を目指そうという意気込みが感じられる『コッペリア』だった。磯部省吾指揮、大阪交響楽団の演奏。

(山野博大 2020/10/10 オリンパスホール八王子)

jpsplendor at 21:59舞台評短評

牧阿佐美バレヱ団がテリー・ウエストモーランド版の『眠れる森の美女』を3年ぶりに再演した。配役は、オーロラ姫が青山季可(3日)と中川郁(4日)、フロリモンド王子が清瀧千晴(3日)と水井駿介(4日)、リラの精が茂田絵美子(3日)と佐藤かんな(4日)、カラボスが保坂アントン慶(3日)と菊地研(4日)で組まれた。私は、中川・水井の4日を見た。それは、3年前に初めてオーロラ姫を踊った中川のその後の成長ぶりを確認したかったからだ。

彼女は2007年に橘バレエ学校を卒業して、2015年に『リーズの結婚』で初主役を踊り、愛らしい小柄な肢体とシャープなテクニックで注目を集めた。2017年のオーロラ姫では、ローズ・アダジオの初々しさ、幻影・目覚めの背景の森に溶け込む幻想的な透明感、グラン・パ・ド・ドゥの堂々たる存在感など、『眠れる…』ならではの多面的な見せ場を踊りこなす技を身につけていた。

牧阿佐美バレヱ団は、ウエストモーランドの『眠れる…』を1982年10月に初上演したが、そこでオーロラ姫を踊ったのは、川口ゆり子、ゆうきみほ、清水洋子、矢都木みつる、森下洋子の6人だった。森下の11年ぶりの牧阿佐美バレヱ団復帰出演は、当初予定されていた大原永子が英国での舞台出演のつごうで帰国できなくなったためで、大きな話題となった。私は、川口と森下の日を見たが、川口を中心にひとつにまとまった舞台と、松山のトップ森下を招いたことで緊張感みなぎる舞台という、全く別の印象の『眠れる…』を見ることになった。

ウエストモーランド版『眠れる…』のプロローグは、カラボス(菊地研)が登場する中盤あたりからの緊迫感がすばらしい。それが彼の創るダンス・シーンの緻密な振付とからみ合い、今回もいろいろと楽しい場面が並んだ。中川は、フロリモンド王子の水井駿介をはじめリラの精の佐藤かんなら有望な若手たちをリードする立場にあり、カラボスの菊地研らベテラン演技陣と協力して舞台をまとめあげる役割を果たした。

このところ牧阿佐美バレヱ団の指揮者は、ずっとデヴィッド・ガルフォースだった。今回の『眠れる…』も彼が振ることになっていた。しかしコロナ騒動で来日できなくなったために、冨田実里に代わっての上演となった。彼女の、テンポを目いっぱい上げてパンチを利かせた序曲による幕開けが、舞台進行を一段と活気づけた。冨田は、イングリッシュ・ナショナル・バレエなどでの海外の経験を経て、現在は新国立劇場バレエ団の常任指揮者だ。ダンサーの名演に、指揮棒で左手を叩いて観客の拍手に同調するなど、劇場空間の一体感を高めることに積極的な姿勢がうれしい。

(山野博大 2020/10/4 文京シビックホール 大ホール)

jpsplendor at 21:37舞台評

November 08, 2020


スターダンサーズ・バレエ団が、堀井雄二の原作を河内連太の台本により舞台化したバレエ『ドラゴンクエスト』(鈴木稔振付)を2年ぶりに再演した。初演は25年前の1995年。以来、人気レパートリーとして上演を繰り返し、細部の調整を行ってきた。

2017年に、美術・衣裳をディック・バードのものに一新したところで、クラシック・バレエとしての風格が漂うようになった。今回はさらに、プロジェクション・マッピングの技術を使いこなして劇的な高揚感を増したりして、バレエとしてのおもしろさをさらに向上させた。私はその初日を見たが、白の勇者の林田翔平、黒の勇者の池田武志、王女の渡辺恭子をはじめ、魔王の大野大輔、賢者の福原大介、戦士の西原友衣菜、武器商人の鴻巣明史、伝説の勇者の久野直哉、聖母の角屋みづき、国王の関口武、王妃の周防サユルまで、ほとんどの役を経験者が固め、手際よくサスペンス・シーンを推し進めた。それを美しく迫力あるダンスで盛り上げたバレエ『ドラゴンクエスト』は、欧米のバレエ市場でも通用する一級のエンターテイメント作品に仕上がった。田中良和の指揮、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の演奏。

(山野博大 2020/10/3 東京文化会館 大ホール)



jpsplendor at 23:15短評舞台評

October 12, 2020


勅使川原三郎が、宮沢賢治原作の『銀河鉄道の夜』を舞踊化した。彼は2008年頃から、舞台と客席がひとつになったシアターχの開放的な空間を使って、さまざまな作品を世に送り出してきた。文学作品の舞踊化が多く、B ・シュルツ原作『春』による『春、一夜にして』、『ドドと気違いたち』、『空時計とサナトリウム』、『天才的な時代』、『青い目の男』、原作『肉桂色の店』による『シナモン』、S・レム原作『ソラリス』による『ハリー』、S・ベケット原作の『ゴド―を待ちながら』、ドストエフスキー原作の『白痴』、A・ランボー原作の『イリュミナシオン〜ランボーの瞬き〜』などが並ぶ。

『銀河鉄道の夜』は、彼自身が作ったエレクトロミュージックと朗読でスタートする。まず勅使川原のジョバンニが登場し夢の世界へ。銀河に沿って走る列車の中の風景が繰り広げられる。佐東利穂子のカンパネラが乗っている。舞台カミ手には全身灰色の旅行客6人が座る。舞台の前に置かれた白い布の帯は、宇宙を流れる天の川だ。ジョバンニはどこまでも親友のカンパネラといっしょのつもりなのだが、とつぜん舞台は地上の日常に。カンパネラの父親が登場して、息子が溺れた子供を救おうとして水死したことを伝える。

いつのまにか列車からカンパネラの姿が消えている。ひとりになったジョバンニ。彼は舞台の奥へ静かに消え『銀河鉄道の夜』は終る。しかしその先に、勅使川原と佐東の長いデュエットがあり、宮沢賢治の原作にない、踊りでなければ表現できない何かを観客に伝えた。勅使川原の文学作品の舞踊化は、朗読をバックに流し、シアターχの照明、音響の機構を巧みに使い、舞台上に抽象的な小道具を置いたりして、原作の内容を伝え、そこに勅使川原と佐東の踊りを重ねる。

しかしバレエや現代舞踊の分野でストーリーを伝えようとする時には、動きをどのように創るかが大事なポイントになる。原作の朗読をそのまま使う方法は、安易な手段として一段低く見られてきた節がある。ところが日本の芸能では古来、言葉に重要な役割を担わせる。長唄、義太夫などの歌詞がストーリーのすべてを語りつくしくれるので、踊り手は踊ることに専念することができる。勅使川原の『銀河鉄道の夜』は、その手法を用いて今回も大きな成果をあげた。

(山野博大 2020/9/19 シアターχ)

jpsplendor at 17:42舞台評短評
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